女王陛下のお茶会










 さて、どれほどのものか…と珠晶は少々の期待と多分なる悪戯心でその人物との対面に臨んだ。




 南国の放蕩息子はちょっと前にふらりと霜楓宮に立ち寄り、惚気のようなものを残して立ち去った。
 曰く、景王は美少年のような美少女で男より侠気に溢れ、慈悲深くはあるが優しいだけではない。
 まさに王だよ、と。
 外見は20代でも実質600歳を超えた爺は見事に骨抜きにされていた。









初めてお目にかかる。景王陽子と申します。若輩者ゆえ至らぬところも多いかと思いますが、大目に見ていただけると有難い」

 魅力的な笑顔を振りまいて景王は珠晶の前に立っていた。
 何か言わなければならない。
 だが、あまりの驚きに声が出ない。
 なぜならば。

「…な」
「な?」



「っ何で貴方がここに居るのよっ!?」



 そこに居たのは、市井で連れと逸れて迷子になった珠晶を助けてくれた青年が立っていた。
 我ながら迷子になったことが恥ずかしく、生意気な口ばかりきいていたというのに、まるで気分を害した様子も無く、連れが見つかるまで一緒に探してくれた。
 幼い外見で子供扱いされることの多い珠晶を、一人前の女性として接してくれた。

 …実は微かに恋心を抱いたというに。





「詐欺だわっ!」



 珠晶は叫んでいた。



















 二人の女王の顔合わせから遡ること二日。
 珠晶は護衛を一人だけ連れて連檣の街に下りていた。少しばかり遅い北国の春が到来し、花の美しさを称え一年の豊作を祈願する祭りが行われていた。治世も百年を超えれば国も豊かになり、民も安心して暮らすようになる。国民は誰もが幼くして登極した女王を顔を知らずとも愛し、敬っていた。
 昨年は在位百周年を記念して盛大な祭りが各所で開かれ、王宮で開かれた宴には親交のある国々の重鎮が招かれていた。陽子が治める慶にも一応その招待状は届いたのだが、丁度忙しい時期と重なり陽子も景麒も時間を裂くことができず何とか今できる精一杯の贈り物を届けて挨拶のみさせてもらっていた。
 だが祥瓊のことや泰麒のことで世話になった供王に陽子は是非とも挨拶と礼の一言でも直に伝えたく、一年遅れとはなったが訪問したい旨青鳥で伝えたところ、快諾された。
 その予定日が二日後に迫り、それなりに準備で忙しいはずの王宮から何故珠晶が出てきたのかと言えば。

「だから言ってるでしょ!」

 少女の高い声がある商館の前で響いていた。
 騎獣を取り扱う商人(騎商)の商館は女王が騎獣が好きだという趣味からか連檣ではよく見かけるものだった。
 大小あるその騎商の館の中で、それは中程度のものだったろう。

「あたしがその契約主なの。前金だってもう半分支払って、こうやって証書だって持ってるんだから!」
「いや、だがねお嬢さん」
「何よ!」
 少女…珠晶は憤懣やるかたない、と腕を組んで商人を睨み付けた。
 商人はほとほと困り果てた様子でかなり目線が下の少女を何とか宥めようと口を開く。
「いくら騎獣が好きだからって、お父さんの代わりは出来ないんだよ」
 聞き分けのない子供を言い聞かすような台詞に珠晶の目が釣りあがった。
「代わりじゃないわよっ!あたしが買ったの!…ああっ!もういいわよっ!!だいたいあの馬鹿がはぐれるからこんなことになるのよっ!!」
 珠晶は護衛のくせにいつの間にか姿を消していた寛流(かんりゅう)という名の大僕に腹を立てた。
 …実のところ大勢の人で賑わう大通りを歩いている最中にあれもこれもと興味津々に覗き込む珠晶は寛流の制止の声も右から左へと通貨させてついには迷子になってしまったのだが。それでも何とか目的地にたどり着いた珠晶は凄い…とも言えるが、幼くして神籍に入った珠晶は実年齢は百歳を越えていても外見はあくまで十台前半のまま変わらない。そんな子供が豊かな恭国とはいえ、高価な買い物である騎獣を一人で購入に来るなどあり得ない。
 今までも珠晶が気に入った騎獣を求めたことは数度あった。だが、こうして本人が自ら出てくることは無かった。無理を押して出てきたのは前に遊びに来たときに一目ぼれした騎獣が居たからだ。
「見てなさいよっ!あたしを馬鹿にしたこと後悔させてやるんだからっ!」
 恐ろしい捨て台詞を吐いて珠晶は店を後にした。
 何にしろ大僕を探し出さないと話にならない。宮殿へも戻れないし騎獣も買えない。踏んだり蹴ったりだ。
 そんな風に珠晶が腹を立てていた頃…当の大僕は姿が見えなくなってしまった主の姿に真っ青になって探し回っていたのだが…。





 さて一方、連檣の街に珍しい旅人がやってきていた。
 もちろん人で賑わうその街で旅人など珍しいものでは無い。その旅人は頭を布で覆い、粗末な外套に身を包んでいたが表に見える相貌は多種多様な人間の中でも埋もれてしまうことなく、通り過ぎる人間が皆振り返るように美しいものだった。
 年頃の小娘はぽぅと頬を染め、男とて目を奪われる。
 そして目立っているのはその旅人一人のせいでは無かった。その背後に抜きん出て高い男が従うように歩いていた。
 体躯も良く、顔もきりりと男らしい。一見すると威圧感を感じる風貌ではあったが、美貌の旅人に低姿勢で困惑顔に話しかけているせいで台無しになっている。

「しゅ…朱嬰様っ」
「さっきから煩いぞ。ここまでついて来たならいい加減諦めたらどうだ?」
「ですが…っ」
「お、やはり堯天とは並んでいるものも違っているな」
 背後は無視して美貌の旅人…陽子は興味津々と店先を覗き込んでいる。
 護衛として一緒についてきていた桓堆は深いため息をついた。

 供王への挨拶という名目のもと、慶からの使節団は二日後に到着する予定だった。
 それが何故陽子だけすでに恭国へ来ているのかといえば。

「恭国の街を見てみたい」

 といういつもの陽子の突然の発言に端を発する。
 どうせ恭国まで行くのだから、その街や人々の様子、治世のあり方を学習したい…というのが陽子の言だ。
 もちろんそれを聞いた全ての者が難色を示した。
 何しろ陽子はそれを公式にではなく、お忍びで決行するつもりだったからだ。
 いくら治安の良い恭国とはいえ、何があるかわからない。特に陽子はどこに居ても事件に巻き込まれるトラブル体質だ。
 しかし周囲がどれほど反対しても言い出したら聞かない頑固な陽子である。了解を得られないとなれば、単身で飛び出しかねない。
 最大限の譲歩に桓堆を護衛につけることで、陽子の行動を黙認することにした。
 不運なのは、問答無用で護衛を任じられた桓堆だろう。














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某サイト様に投稿させていただいたのを
つじつまあわせてUPしてみました。
もうちょっt続きます(いつものことだな)