■ 劉來のある一日 ■
彼の名は 普通の人間から見れば国官と言えばエリート中のエリート。羨まれる立場である。 しかし所詮は一年目の新人なのだ。金波宮には劉來よりも地位の高い人間ばかり。 つまり。 「あ、劉來。これ禁軍まで持ってってくれ」 「劉來、真様がこれ片付けとけって」 「茶をくれ」 つまりは雑用係りなのだ。ただの。 しかも最後。自分で淹れろ。 心の中ではそう言いながらも我慢して劉來は素直に頷く。新人の扱いなんてこんなものだ。 同期たちから伝え聞く新人の扱いからすると遥かにマシなのだから。別に不満は無い。 劉來は禁軍への届け物を腕に抱えて廊下を歩きながら今日は戻って来られるだろうかと黄昏る。禁軍への届け物は非常に厄介だ。別に届けること事態は難しくない。場所だって近いといえば近い。 しかし禁軍に居る人間は全てがとは言わないがほぼ脳筋なのだ。 持って行くとまず受け取りを無視される。拒否されるのでは無く無視される。 これは苛めをしている訳ではない。禁軍では書類仕事は最初に受け取った者がするという暗黙のルールがあるらしい。誰もがその最初の受取人になりたくないということで無視される。 「あの……」 最初はどうしようかとさすがの劉來も戸惑った。何故なのかと頭を悩ませた。 どうやらそんなルールを作らなければならないほど書類整理の苦手な人間が集まっているらしい。いや、集まっている。 最初はどんな新人いびりかと思ったものだ。でも慣れた。 人は強くならなければ生きていけない。 物理では無く精神的に。 「書管、お持ちしました」 ずざざっと衣擦れと表現するには大きすぎる音が房室内に響いた。 体格の良い男たちが何かに怯えるように劉來から視線を合わせないように必死に背を向けている。……逃走した者も居るはずだ。無駄にそんなところだけ能力が高い。 「書管を、お届けに参りました」 劉來は負けずにもう一度繰り返した。 返事は返ってこない。 そんなに嫌なのか、書類仕事は。 一通り夏官府に在中の文官によってあらかじめ書類は精査されている。欲しいのは確認だけなのだ。そこまで時間が掛かるようなものでも無い。目を通し署名をするだけの簡単なお仕事だ。常々劉來はそう言って彼等に頼むのだが、机にじっと座って筆を持つという行為が我慢ならないらしい。 そしてお互いに犠牲者が出るのをじっと必死で視線を逸らして本日ここに居合わせた不幸を嘆いているのだ。 馬鹿馬鹿しい。 「 最終手段は名指しである。禁軍に顔を出すことも多くなった劉來は主用な顔ぶれと名前が頭に入っている。名指しされればさすがに知らぬふりは出来ない。 がっくりと肩を落した朗爛に対して周囲は狂喜乱舞する。朗爛は本日の人身御供だ。 そして劉來の仕事は渡して終わりでは無い。きちんと回収するまで仕事だ。そうで無いと劉來が姿を消した途端に彼等は無かったことにしようとするのだ。本当に有りえない。それで劉來は何度痛い目にあったことか。 そこで劉來は書管を届けたら回収するまでをセットで行うことにした。 本日も朗爛が筆を手にしたのを見届けて近くの空いている卓で持ってきていた自分の雑用を劉來は片付ける。 「なあ劉來。これさー隊長から言われたんだけどさー」 「劉來、この間のあれ助かったわ」 そんな劉來に声を掛けてくるのは苦手な書類仕事を溜めて頭を抱えていた禁軍兵士たち。 「いえ、少しでも手助けになれて良かったです」 そうで無くばシワ寄せは結局夏官府の文官に、つまりは劉來のところへやってくる。 「なあなあ劉來これ俺の代わりに……」 しかし甘やかしてはいけない。 図体ばかり大きい男が猫なで声で話しかけてきたって気持ち悪いだけだ。 「 「うぐっ」 劉來は桓魋から直々にサボろうとする兵が居たら遠慮なく言うようにとお墨付きを得ている。初めそれを笠に着るのはどうなのかと思ったがそんなこと言っている場合では無かった。 脳筋どもめ。 しかし脳筋は脳筋なりに勘が冴えることがある。 「そういえば、明日あたり主上が来るかも~」 ぴたりと劉來の手が止まる。 それは劉來の弱点だ。なかなか使えない手ではあるが。 「何か将軍が準備してたよな~」 劉來は無言で隼火に手を差し出した。 「ありがとうなっ!」 その劉來の手に持っていた書管を押し付けた隼火は軽い足取りで房室を出て行った。 「劉來……」 隼火の上司である朗爛が呆れた視線を投げかけてくる。 「明日も参りますので、それまでに仕上げておいて下さい」 そのまま劉來は手元の書管を纏めて立ち去っていく。 (だって仕方ないだろっ!陽子と会う機会なんて滅多に無いんだからっ!) 頬を染めて心の中で言い訳をしながら。 |
オリキャラだらけですみません。
劉來(りゅうらい)・・・陽子が大好きな、陽子のために金波宮の官吏になりました
朗爛(ろうらん)・・・禁軍 隊長
隼火(しゅんか)・・・朗爛の部下