濫 觴











 もう六年になるんだな、と楽俊は蒼く広がる空を見上げて胸中で呟いた。
 ……と。
「…っぐ」
 衝撃が襲う。
「おいっ文張!お前官吏にならないってどういうことだっ!?」
 背後から楽俊をどついたのは鳴賢だった。
「おい、めい……」
「何を考えているんだっ!」
 鳴賢は楽俊の胸座を掴んで強請る。
「何とか言えっ!」
 この状態で言えというのが無茶なのだ……楽俊はぺしぺしと必死で鳴賢の腕を叩く。
「おち、つけ……って」
「俺は落ち着いている!」
 それのどこが。
 秋官に入官が決まったというのに相変わらず落ち着かない奴だなあと漸く胸座を放されて尻餅をつきながら呆れる。
「痛えなあ。別においら官吏にならない訳じゃねえぞ」
「だがっ!」
「うん。確かに雁国のどこの官府にも希望は出してねえ」
「雁国、の?」
「うん。雁国の」
 本当に長かったなあ、と輝く翡翠を想って再び空を見上げた。













 陽子は浮かれていた。
 それはもう傍から見ても浮かれていた。
「主上、ご機嫌ですね」
 桓魋に言われて、ん?と首を傾げて振り返る。自覚なしか。
「何かいいことでもありました?」
「ああ。……そうだな」
 これを凄艶言うのだろうか。
 陽子の美貌が二割増しだ。
 慣れている桓魋でも息を呑んだ。
 こんな無防備な状態の陽子を放置してはとんでも無いことになる。
 桓魋は空かさず周囲を警戒した。
「今ならどんな難題でも喜んで受け止められそうだ」
「それはそれは……」
 真面目な陽子は仕事から逃げ出すことは無いが、愉しいかと言われれば否だ。
「さあ頑張るぞ」
 陽子が楽しそうなのは良い。
 周囲も明るくなる。
 浩瀚も機嫌が良くなるし、女官達も嬉しそうだ。
 そうすると桓魋も何かと仕事がしやすくなる。
 主上は偉大だ……妙なところで感心する桓魋である。
 しかし繰り返すも何故そうまで陽子の機嫌が良いのか謎である。
「えー……もしかして台輔が外出を許されたとか」
「ほう。それは何処の寛大な台輔だ?」
 どうやら違うらしい。
 桓魋はそれ以上探ることは諦めて、大司馬に押し付けられた書状を渡す。
「何だ?」
「えー、何か人が足らんらしいです」
 発狂しそうな大司馬が頭を掻き毟りながら人が足りんっ!脳筋ばかりで使いものにならんっ!と叫んでいたことを思い出す。
「そうは言っても採用については春官のほうに一任しているだろう?」
「ええ、そうなんですけどね」
 陽子は受け取った直訴に目を通していく。
 通常であればこういうものは浩瀚が持ってくるのだが。
 それを待っていられないほどに切羽詰っているのか。
「臨時でも良いんで人増やして欲しいみたいです」
「臨時、ねえ……」
 基本的に現在の慶国は何処もかしこも人不足だ。他府へまわすほどに人員に余剰がある官府など存在しない。
 何故夏官がそれほど人手不足に頭を悩ませているのか。
 それは大司馬の『脳筋ばかりが』という言葉に集約される。夏官府に所属する人間は圧倒的に兵士が多い。文官が少ないのだ。
「私に直訴してもどうしようも無いんだが……」
 ふむ、と陽子は頭を悩ませる。
「桓堆。禁軍の中にも事務処理能力の高い兵士も居るよな?」
「それは、居るでしょうが……」
 嫌な予感が襲う。
「よし。勅令を出そう」

 ああ、やっぱり。
 








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続く・・・かもしれない。(汗)