■ぷろぽーず■







 慶国女王は、海客の生まれがそうさせるのか、はたまた生来の性格か、唐突なところがあった。
 その唐突な問いに、惑わされた被害者は数知れず。
 そして、本日もまた、女王は犠牲者を一人生み出した。


「桓堆、お前は結婚しないのか?」


「は・・・」
 自身の主の『すとれす』とやらの解消のために、ひとしきり手合わせをし息をついたところだった。
 桓堆は流れる汗をぬぐっていた手を止め、ぽかんと陽子を見ている。
 それはまるで、異世界の言葉を聞いたかのような反応だった。

 ケッコン・・・結婚。
 つまり、結婚。

「は・・・?」
 よくわからない思考過程を経て、陽子の言葉を飲み込んだ桓堆は、再び疑問符を吐き出した。
「は、では無くて・・・だって、官になって仙籍に入ったからといって、王とは違って結婚できないわけではない
 だろう?」
「や、それはそうなんですけど・・・」
 それが自分の結婚とどのようにつながってくるのか、検討がつかない。
 この主は、よくこんなところがあった。
 順序よく言ってくれればいいのに、ふと突き詰められた疑問だけを突然に口に出す。
 その過程を知らない周囲の人間は、何故陽子がそんなことを言うのかと咄嗟に理解できないのだ。
 それが出来る人間は、かなり数が限られている。
 桓堆も少々の免疫はあるのだが、やはり慣れない。
「私の周りは皆、独身だな。浩瀚もだし、虎嘯もだし、桓堆も・・・。で、ふと思ったんだ。お前たちは結婚したい
 けれど、おちおち結婚もしていられないほど忙しいのだろうか、と。朝が立ったころは、私もそんなことなんて
 まるっきり頭に無かったから気にしたことも無かったのだけれど、少し余裕が出てきて申し訳なく思ったんだ」
「・・・・。・・・・主上、私はあまり頭がよくないんで、わからないんですが・・・私たちが結婚しないことを何故、
 主上が申し訳なく思われるんです?」
「だって、私が不甲斐ない王なばかりにお前たちにはろくな休暇もやれずにここ20年ほど働かせずめだろう。
 さすがの私も気がとがめたというわけだ。で、もしかすると結婚しないのは、そのせいだろうかと」
「はぁ!?」
 桓堆は目を丸くした。
 静かに気を落ち着けていると思っていた主が、まさかそんなことを考えていたとは。
「いえ、あの・・・主上・・・」
「で、もしそうならば、休暇を与えて出会いの機会を作るように計らわなければならないと思ったのだが」
「!?」
 とんでもないことを考えている。
「どうだろう?」
 桓堆を見上げた主の目はどこまでも本気だった。
 まずい。
 このままでは、非常にまずい事態になる・・っ!
 桓堆は何とかして主を止めなければと、焦った。
「そ・・・そんな必要は全くありませんっ!」
「桓堆」
「私たちが、・・いえ、浩瀚様や虎嘯のことはわかりませんが・・・私は、独り身のほうが気楽ですし、
 結婚をしたいなど一度も考えたことはありません。主上のお気遣いは嬉しいのですが、私に関しては
 無用のことです」
 すると、陽子は宙に視線をただよわせ、何事か考える。
「―――・・・一度も?誰かから家族の話とか聞いて良いなぁ、と一度も思わなかった?」
「・・・・・。・・・・・」
 痛いところを突いてくる。きっと本人にはその気は全く無いのだろうが・・・。
「人の幸せの形は、各々違うだろう。たぶん、人の数だけ幸せもあるのだと思う。・・・でも、結婚して家族を
 持つのって凄くいいことだと私は思うんだ。家に帰っても独りなのと、誰かが迎えてくれるのはぜんぜん違う。
 子供の成長を見るのだって楽しみだと思う。――― それが羨ましい。私には無理なことだから」
 王は登極以前に家族を持っていれば話は別だが、正式な結婚は出来ない。ゆえに子供を持つことも無い。
「主上・・」
「そんな顔はしなくていい。私は家族は持ててなくても幸せなんだ。私の家は皆が居てくれるここ。子供は
 慶の民。例え望んでも持てるものじゃない。・・て、私のことはいいんだ。そうじゃなくて・・・」
「私の家もこの王宮ですよ」
「!?」
「たかが臣下の身で恐れ多いこと言いますが、私はそう思ってます。だから、私が結婚しないことを主上が
 気になさる必要はありません。そういうもんは、知らないうちにどうにかなってるもんです」
「・・・?そうなのか?」
 十台で神籍に入った女王には、男女の機微というのがいまいちわからない。
 そういうものなのだろうか、と首をかしげた陽子は、桓堆が必要ないというものを無理に進めることも
 あるまいと納得して頷いた。
 その仕草に、桓堆はほっと心の中で安堵の息をつく。
「だいたい私なんかと好き好んで結婚したがる人間も居ませんよ」
「そんなこと無いだろう。桓堆がもてるのは知っている」
「は?」
「惚けなくてもいい。女官たちが話しているのを聞いた」
「・・・・・・・。・・・・・・・」
 (どんな話をしてたんですか・・・)
「私も桓堆なら良い伴侶になると思う。・・・そうだな」
 陽子は何かを思いついたように、ふふと口元を綻ばせた。
 普段はさばさばと男物の衣服を身にまとい、女性らしいたおやかさとは無縁のところに居る主だが、時折
 見せるその動作は、はっとするほど初々しく美しい。



「もし、桓堆が伴侶に巡り合えず独り身で生涯を送りそうなときは私がもらうことにしょう」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「な、いい考えだろう?」
 (どこが?)
「・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 楽しそうに笑う陽子に、いったいどこまで本気なのだろうかと、桓堆は顔をひきつらせるのだった。





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