■カミキリ■
「きゃ 「何だっ!」 「何事だっ!」 「侵入者かっ!!」 「主上っ!」 金波宮正寝、景王の寝所付近から響いた女官の叫び声に、そろそろ朝議の時間と出迎えに来ていた 景麒、浩瀚、桓魋、それと護衛である大僕の虎嘯が剣を手にかけつけた。 また先日のように謀反者でも現れたのかと、彼等の顔には焦りの色が濃い。 それほどに、女官の叫び声は・・・おそらく鈴だと思われる・・・鬼気迫っていた。 「主上っ、ご無事ですか!?」 「何事でございますっ!?」 部屋の扉が開け放たれる。 そこにあった光景は、謀反者が剣を振り回している姿でも、王が襲われているところでも無かった。 そして、その二人を困惑したように見つめる我らが女王、陽子だった。 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・い、いったい・・・何があったんだ・・・・・?」 呆気に捕られて何も言えない一同に変わり、虎嘯が顎をかきながら問いかけた。 「何が・・・何があったって」 その虎嘯の問いを受けて祥瓊が天に掲げている鋏を持った腕をゆっくりと下ろしながら・・・・地を這うような 声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。何故か怒り心頭に達している祥瓊は小刻みに体を震わせている。 「見てわかるでしょっ!?」 いや、見てわからないから聞いているんです。 もちろん、そんなことは誰も言い返さない。馬鹿だ無能だと罵られるのがわかっているからだ。 恐るべし祥瓊。 仕方ないので、虎嘯はその横で固まっている鈴に視線を向けた。 その鈴も、漸く硬直が解けてきてはぁぁと安堵か疲れからかわからない深い吐息を漏らす。 だが、それだけでどうやら一同の疑問に答えてくれる気配は無い。 「全く、二人とも大げさだな」 嫌な沈黙が部屋に満ちる中、それをいとも容易くあまりに軽く撃ち破ったのは陽子だった。 その言葉を受けて祥瓊の柳眉が顔を飛び出すほどに飛び跳ねた・・・と思ったのは桓魋や虎嘯の見間違い とはあながち言えないだろう。 「大げさ?・・・・・大げさにもするでしょっ!?」 「ちょ・・・祥瓊、その鋏を振り回すのは危ないから」 仙の身は冬器でなければ傷つけられないとはいえ、刃物をちらつかされて喜ぶ趣味は陽子には無い。 「そんなことどうだっていいのよっ!」 いいのか? 「私と鈴がもう少しくるのが遅かったら、どうなっていたことか・・・・わかってるのっ!?」 わかってないだろう。 わかっていれば、ここまで祥瓊を怒らせたりはしなかっただろう。 案の定、陽子はますます困惑を深めた顔になる。 「・・・どうしてそんなに祥瓊は怒っているんだ?私は全くわからない・・・んだ・・・・が・・・」 言いながら、祥瓊の顔が般若のようになっていくのを目撃した陽子の言葉が消えていく。 「・・・わからない、ですって・・・・そう、主上はご自身がいったいどれほど恐ろしいことを成そうとしていたのか 全くおわかりになっていらっしゃらない訳ですね」 丁寧な口調が怖い。 しかし、わからないものはわからないのだ。 何故、今しようとしていたことが祥瓊が言うように『恐ろしいこと』になるのか。 「・・・・・髪を切ろうとしただけなのに」 ぽろり、と陽子が溢した台詞に、傍観者に徹していた男たちの目が見開かれた。 「主上っ!」 「お気でも病まれましたかっ!?」 「・・・・なるほど」 声を荒げた浩瀚と景麒、桓魋は漸く謎が解けたと頷いた。 「な、何だお前たちまで・・・そんな、ただ単に髪を切るだけで、大げさすぎるぞ」 「当然ですっ!いったい何を思われて髪を切ろうなどと・・・」 信じられないと眉を潜めた景麒が頭を振る。陽子はそのいかにも『呆れてものも言えない』といった行動に むかっとした。どうもやはり、景麒とは気が合わない。 「主上・・・どうして髪を切ろうと思われました?」 一時の驚愕が過ぎ去って冷静さを取り戻した浩瀚が穏やかに問いかける。きちんとこちらの言い分を聞こう としてくれる真摯な態度に、やはり浩瀚は出来た人間だところりと陽子は機嫌を直した。その主の様子に、今度 は景麒のほうがややむっとした表情を浮かべる。 未だに、擦れ違いまくっている主従だった。 「どうして、というか・・・不老になったのに髪とか爪は伸びるだろ?爪は毎日手入れしてくれるからいいとして 髪がいい加減鬱陶しいなと思い始めたものだから。短いほうが動きやすいと思ったんだが・・・」 陽子はそこで言葉を切り、一同を見回した。 「どうやら、やってはいけないことだったみたいだな」 苦笑を浮かべた。 「やってはいけないこと、では無いのですが・・・蓬莱ではどうだったかは存じ上げませんが、こちらでは髪は 伸ばしてまとめるものと暗黙の了解になっております。儀礼祭典の折にも必要なことですし、防寒防具の代わり になります。たまに髪を短くする者もおりますが・・・」 浩瀚が言葉を濁した後を、祥瓊が継いだ。 「だいたいは、余程身分が低い者か罪人に限られるの。髪を整えることなんて出来ないほど貧しいとか、纏める 必要なんて無い罪を犯した者・・・仙で髪が短いなんていまだ嘗て見たことも無いわ」 つまり。 ここで陽子が髪を切ってしまったら、それらと同等になってしまっていた・・・ということだ。 もちろん誰もそんなこと口に出して言いはしないだろうが、そうでなくても女王だと侮られている陽子は、ます ます笑いものにされ、冷たい視線を注がれることになっただろう。 「そうか・・・そうだったのか。向こうでは髪が短かろうが長かろうが、それは個人の自由だったから・・・」 自身の非をあっさりと認めた陽子は、祥瓊と鈴に頭を下げた。 「驚かせて、迷惑をかけてすまなかった。ごめん」 「そ・・・そんな、いいのよっ。その・・私たちこそ大騒ぎしちゃって・・・ね、祥瓊」 「・・・・・・・・まぁね」 素直に謝られてしまっては祥瓊だとてこれ以上怒りを持続させるわけにもいかない。 矛をおさめて、鋏を近くの卓へ置いた。 「でも、今度から何かするときは一言私たちに言ってちょうだい。いい?」 「わかった。相談する」 全面的に降伏した陽子が、両手をあげて頷いた。 一件落着である。 「 こくり、と首を傾げた陽子に、はっと和みかけた顔を引き締める。 「どうした、ではありませんっ!」 「朝議の時間です。案件について少々お話をと思いましてお迎えにあがりました」 「ああ、そうか。すっかり頭から抜け落ちていた」 おい。 「では、行こうか。待たせてはまた官吏どもがぶつぶつと煩いからな」 「またそれも良しでございましょう。不平不満は口にさせて掴んでおくにこしたことはございませんから」 「はははは、さすが浩瀚だな」 「いえいえ、すでに使令を朝議の間に送り込んでいる主上ほどでは・・・」 まるで悪代官と商人のような主従の遣り取りに、桓魋と虎嘯の顔が引きつる。 「主上、以前も申し上げましたが使令をそのようなことに・・・ぶつぶつ」 「ああ、はいはい。わかったわかった」 抗議する景麒を軽くあしらい陽子は浩瀚たちを伴い歩き出す。 「・・・・・・・余計な心配だったかしら・・・・・・?」 「・・・・・・・そうかもね」 あの陽子の調子では、少々髪が短かろうが長かろうが大した問題ではなかったかもしれない。 だが。 「でも!髪が長くなくっちゃ、陽子を飾り立てられないものっ!」 「その通りよ!鈴。今だってなかなか飾らせてくれないのに、髪なんて切られたらそれこそ髪を梳くのさえ 陽子のことだから、適当でいいなんて言い出すに決まってるものっ!」 (・・・・・・・・・・・・・女って・・・・・・・・・・・・・・・・つえーな) 背後で二人の言葉を聞きながら、虎嘯は小走りで先に行く陽子を追いかけた。 |
十二国記、てだいたい老若男女皆、髪が長いですよね。
それで、こういうことにしてみました。
だって、長い髪って鬱陶しいし、尋常じゃない重さなんですよ!?
水に濡れた髪を振り回したりなんてしたひには、もう立派な凶器。
シャンプーの使用量も半端じゃないし、夏は暑いし。
(私は今は短いですが、長いときは大変だった・・・)
そして一番重要!
イラストで陽子の髪塗るのが死ぬほど大変なのデス・・・・・(遠い目)