■玻璃の花■
「珍しいところで会うな」 聞き知った声に陽子が振り向くと、一人の偉丈夫が立っていた。 紛うことなき、隣国雁の王である。 何故か会うべき所ではあまり会わず、こうしてお忍びで出かけているところでばかり顔をあわせる。 延王ばかりでなく、他国の麒麟や王、太子・・・何故だろう。 「・・・十二国、実は狭いのだろうか・・・」 「何だ?」 思わず呟いた陽子に、延王は笑顔を浮かべたまま眉をひょいと上げる。 「しかし、お前がこのような店を覗いているとは・・・漸く自分が女だという自覚が出てきたか?」 「生憎私は自分が女であることを忘れた覚えはありません」 失礼なセリフに笑って返した陽子は、確かに自分がこのような店には不似合いだと自覚はしていた。 今、陽子と延王は堯天の、女物の小物を扱う店の前に居た。 そう高いものは露店には並んではいないが、掘り出し物も中にはあるかもしれない。 陽子にはそういう目利きは無いので簪などの小物を一つ一つ手にとっては、ためつすがめつ、唸りつつ 選んでいるところだった。 「これなど意中のお嬢さんに喜ばれますよ、お兄さん!」 店主の掛け声は陽子に向けられている。 街に下りているときは動きやすくと、男っぽい衣裳に身を包んでいる陽子は、よくこうして男に間違えられる。 はっと目をひく美少年だ。 陽子は苦笑しつつ、店主の示した品を手にとってみる。 それは簪だった。 赤い玻璃で作られた小花が、銀枝の上に並んでいる。――― 梅を模しているのか。 祥瓊に似合うな、と陽子は考え込む。中々の品に見えた。 「いくらだ?」 陽子が問うと店主が値段を口にした。 「それは少し高い」 割って入ったのは延王だった。言い値で買おうとした陽子の肩に手を置く。 「えん・・風漢殿」 とまどう陽子に、目で黙っていろと告げた延王が主と交渉を始める。 「先ほどあちらの店で、似たような品を見たが・・・そちらは3割ほど安かったぞ」 「そんな無茶な。3割も引いたらこっちがあがったりだよ!」 店の主も負けていない。延王を好敵手と見たか、値段のやりとりが続く。 ふと、陽子は感心しながら何の気なく商品を見ていると、黄色と桃色、薄青の小さな玉がついた簪に 目をとめた。可愛らしい感じが、鈴に似合いそうだった。 「店主。そちらの簪も貰うから、このくらいの・・・値段でどうだ?」 割り込んだ陽子の声に、二人は動きを止めて陽子を見つめる。 店主は苦笑して、仕方ないね、毎度有り!と陽子から金を受け取った。 「ほう、なかなか陽子もやり手だな」 店から離れながら延王がからかう。 「ご冗談を。風漢が最初に入ってくれたので良かった。私はこちらの物価に慣れないので、つい言い値で 買ってしまう。おかげでいい買物ができました。ありがとうございます」 「なに。しかし・・それはどうやら自分のものでは無いらしいな」 図星の発言に、陽子は笑う。 「私はあまり飾りが好きでは無いから。動くのに邪魔になるし・・・これは祥瓊と鈴へのお土産です」 「ふむ・・・」 そこで延王は懐に手を入れて、考え込む仕草を見せた。 「どうかしましたか?」 「いや、実は俺も土産があったのだが」 「・・・・もしかして、私に、ですか?」 陽子は正直に驚く。今までそのようなものを延王から貰ったことは無いのだ。 驚く陽子に苦笑しつつ、延王は懐から袱紗で包まれたものを取り出し陽子に手渡した。 「不要ならば捨ててもらって構わんぞ」 袱紗を丁寧にのぞくと、光沢のある黒の簪が姿を表した。 表面には、金で複雑な模様が丁寧に掘り込まれている。 手触りといい細工といい、その分野には疎い陽子でも、かなり良い品物であるとわかる。 そう簡単に捨てられるものでは無い。 「・・・こんな・・・私には過ぎたものだ―――― 受け取るわけにはいきません」 「やはり気に入らなかったか?」 「気に入る、いらないでは無く・・・私の元にあっても有効に活用されないかもしれないのに、この簪が哀れだ。 ・・・もっと似合う人の元に贈るべきでしょう」 そういう知り合いは多く居るでしょう、と陽子が延王を見上げると苦笑している。 大抵の女性は延王から物を贈られて嬉しがることはあっても、他の人にやれなどとは言い出さない。 これで女としての自覚があるというのだから、疑わしいものだ。 「しかし、陽子の真紅の髪に映えると思い購入したものだからな。とにかく、それは陽子に贈ったものだ。 煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わぬから」 「――――― わかりました」 呆気に取られていた陽子は、頷くと破顔して延王を見上げた。 その無邪気な表情に、延王は息を呑む。 「ありがとうございます。・・・少し驚いてしまいましたが、大事にします」 「あ、ああ―――― まぁ、受け取ってもらえて何よりだ」 どこかほっとした様子の延王に、陽子はくすりと笑った。 |
一応、3月3日ということで、三人娘に
それぞれ飾りをプレゼント(笑)