王様のブランチ
前編
「・・・主上、今度はいったい何をやらかしたんです?」 人の気配に茂みを覗き込んだ桓堆は、そこに隠れるように身を小さくしている主君に呆れるような眼差しを 向け、がっくりと肩を落とした。 「やぁ、桓堆。今日もご苦労だな」 主君・・・景王である陽子は笑顔で労いの言葉を掛けてくる。 ・・が、それがどうにもうそ臭くて仕方ないと思うのは気のせいか。否。労いは本当の所なのだろうが、その笑顔が どうも話を逸らすための手段な気がする。 「主上」 問い詰めようとした桓堆に陽子は思いついたようにぽんっと手を打ち鳴らした。 「おおっそうだ!桓堆はもう昼食は済ませたか?」 「・・・いえ、まだですが・・・」 「では、一緒に食べよう!」 立ち上がった陽子の真紅の髪から、葉がぴらぴらと舞い落ちた。 「桓堆は昼食はいつも一人で?」 「そうですね、部下と一緒にとることもありますがだいたい一人です」 兵舎の食堂で桓堆は複雑な気分で卓を囲んでいた。 時間帯がずれているため兵の数は少ないが、まさかこんな所で王が食事を取っているなど思いもしないだろう。 少しばかり興味深げな視線が二人に投げかけられている。 そして、本当にその中の僅かは陽子の顔を式典の折にでも見知っていたのか、慌てて視線を逸らす・・・見て 見ないふりをする・・・とも言う。 「寂しくないか?」 「は?」 「だって、一人で食事しても楽しくないだろ?」 「はぁ」 「私はいつも一人なんだ。祥瓊も鈴もお茶は一緒にしてくれるのに、食事は絶対に駄目だと言うんだ。何故だ? 食べるものが違うというのなら、皆と一緒にすればいい。私だけ特別扱いする必要は無い。慶は貧乏なんだし 経済的でいいと思うんだが」 「はぁ」 「何だか気のない返事だな」 仕方ないけれどと苦笑した陽子に桓堆は慌てて口を開いた。 「すみません・・・台輔は?」 「顔を顰められて終わり。だいたいあいつは金波宮で一番礼儀作法にうるさいんだぞ?一緒に食事してくれなんて 勅命出すのも馬鹿らしいし・・・」 「ははぁ」 桓堆は顎に手をあて、笑みを浮かべた。 「つまり、主上はすねていらっしゃるんですね」 「すねて・・・・・うーん、そうだろうか?何だか皆が和気藹々と食事してるなか、自分だけ仲間はずれみたいで 寂しいっていうか・・・向こうの世界じゃそれが当たり前だったのに、こっちに来てからそう思うなんて我ながら 変だと思うのだが」 「では、そう仰っては如何です?主上は頑固なところがおありになる。時には素直に甘えてみては?」 「景麒にか?・・・・私が頭でも打ったんじゃないかと瘍医を呼ばれそうだ」 満更ありえなくもない想像に、陽子と桓堆は苦笑しあった。 「別に毎日じゃなくていいんだけどな・・・・そうだ!桓堆は私と昼食をとるのが平気のようだし、三日に一度・・いや 1週間に一度でいいから一緒にお昼を食べてくれないか?」 「え!?・・俺が、ですか!?」 「駄目か?」 「いや、その・・・」 陽子と共に昼食を食べるのは平気なのではなく、・・・半分諦めと開き直りだ。 桓堆の背中につー・・と冷汗が伝う。 もし、陽子と昼食をとっているというのが景麒や浩瀚に知られれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 桓堆はぶるるるっと頭を振った。 恐ろしすぎる想像だ。 だが、期待に満ちた目で桓堆を見上げてくる陽子をすげなく断るなんてことは出来そうにない。 「桓堆?」 「・・・・・・・・・」 ・・・・ああ、と桓堆は心の中で天を仰ぐ。 「・・・主上もそうそう抜け出ては来られないでしょう。主上がお暇が出来たときでしたら」 「桓堆!」 陽子の顔に満面の笑みが広がった。 無条件降伏せずにはいられない笑顔だった。 だが、それが後にとんでも無い騒動を招くことになるとは陽子も桓堆も知るよしも無かった。 |