■ 第九話 ■ |
「今日はありがとう、楽俊」 一日関弓の街を案内してくれた楽俊に頭を下げる。 「構うなって。おいらだって用事があったんだからさ」 「うん、でも」 楽俊は陽子の事情を聞くでもなく、街を案内してくれた。 「なあ、陽。おいらたち、もう友達だろ?」 「・・・友達、になってくれるのか?」 私なんかと。 「んー、陽はちょっと考えすぎるところがあるな。もっと肩の力抜けって。困ったことがあったら相談にのるからさ」 「……うん」 ありがとう、ありがとう。 感謝の言葉が陽子の中に降り積もる。 「また休みが取れたら、今日は行けなかったところに行こう。旨い店はまだまだあるからな」 「……休みか、取れたら……いいな」 「……そうだな」 二人の脳裏にはきっと朱衡の姿が浮かんでいたに違いない。 楽俊と別れて、官府に与えられた自分の部屋に戻ってきた陽子は買ってきた本を取り出した。 『王と国の呪い』 未だに陽子は『王』というものが何なのかよくわかっていない。景麒の存在もよくわからない。 あの男が選んだ者が王となるなら、何故自分で王にならない?そのほうが探す手間も省けるだろうに……。 国のことになんて興味が無かった。誰が治めているかなんて生きるのに必要な知識ではなかった。 陽子は自分で思う。自分自身が王なんて柄じゃ無い。ありえない。 自分が景麒だったら、絶対に自分を選ばないだろう。 陽子は本を手にとり、机の中に仕舞った。 カタリ、と音がして振り向くと……風漢が扉にもたれかかってこちらを面白そうに眺めていた。 「風漢」 「関弓はどうだった?」 「……まあ、それなりに」 「それなりに、か」 「何か用ですか?」 「面白いものを見せてやろう」 「面白いもの?」 風漢は答えず、ついて来いと陽子を促す。 訳がわからないままついて行くと、官府の奥のほうに入り、庭を突っ切り、柱と壁を利用して屋根の上へと上がっていく。 「…………」 その曲芸師のような身軽さに陽子が唖然としていると、早く来いと手が差し伸べられる。 躊躇いつつも陽子はその手を借りて同じように屋根の上へ上がった。 屋根の上には露台のような場所があった。きちんとした場所が用意されているのなら、ここにたどり着くにも正規の手段があったはずだと思うのだが…… 「後ろを振り向いてみろ」 「はあ……あ……」 そこには昼間陽子が巡っていた関弓の街が広がっていた。 夕闇の中に店の明かり、家の明かりが灯り昼間とは違った風情をかもし出している。家々が連なっている様は圧巻だった。 確かにここからしか見られない景色だろう。 「なかなか良い景色だろう?」 「そう、ですね……」 「ここまで上ってきた者だけの特権だ」 本気で上ってくる手段は、今上がって来た場所しか無いのだろうか。 それなら確かに『特権』だろう。 そもそも何故風漢がこんな場所を知っているのか。 「こんなところに来ようなんて奴は居ないからな。煩い奴らもここまではやって来ん」 「……」 それが一番の目的では無いのだろうか。 「どうして……私を?」 「さあ」 「さあ?」 「何となく、お前に見せてやりたくなった。それだけだ」 「はあ……」 意味がわからない。 「朱衡が良い部下が出来たと喜んでいた」 「……ありがとうございます」 陽子はとても喜べないが。少々働きすぎだし、働かせすぎでは無いだろうか。 「それで」 「はい?」 風漢が陽子と顔を合わせ、にやりと笑った。 「景王はいつまで逃げるのだ?」 |