■ 第八話 ■ |
『王と国の呪い』 何とも不吉な題名だ。そもそもこんな本を出版して国から何か言われはしないのか? この雁国も軍事国家だろうに・・・。 まあ、確かにあの景麒の問答無用さを思えば呪いだと考えたい気持ちもわからないでは無い。 いったいどんな内容なのだろうかと陽子は手を伸ばした。まさか著者が本当に王という訳では無いだろう。 そう思って開いた見開きページにあったのは・・・ 『これを読んだ者が絶望しようが、狂気に呑み込まれようがそれは全て自己責任である』 ・・・とっても読みたくない警告だ。 この警告があっても、敢えて読むべきだろうか。大人しく棚に戻すべきだろうか。 「陽子、どうした?面白そうな本でもあったのか?」 用事を終えたらしい楽俊が隣に立っていた。 「あ、ああ、いや・・・」 「ん?・・”王と国の・・”、ああ、そいつか」 「知ってるのか?」 「うん、読んだことはあるな」 「どういった内容なのだ?」 「ん〜、おいらが話すより気になったんなら陽が読んでみればいい」 「・・本を読むのはあまり得意じゃないんだけど」 困り果てた陽の表情に、楽俊が噴出した。 「別に今すぐ読めってわけじゃ無いだろ。ゆっくり時間のあるときに読めばいい」 「・・・そうだな」 読めるかどうかわからないが、陽子はその本を手にとった。 用事を済ませた楽俊が案内してくれた関弓の街は、人々の生活が息づく場所だった。 豊かなだけでは無い、その場所。 街を出てそう離れていない街道沿いに粗末な小屋が立ち並ぶ。 そこに集う人々の衣服は粗末で、街中の人々との貧富の差は目を瞠るものがあった。 「ここは・・・?」 「ここに住んでる奴らは雁の国の民じゃねえ。色んなところから流れこんだ奴らなんだ」 「・・・・・・何で、門の中に入らないんだ?」 「中に縁もゆかりも無い。宿に泊まれる金も無い。だから野で夜を迎えるしかねえんだ」 「・・こんなに雁は豊かなのに」 「雁の民なら色んな政府からの施しが受けられる。例え職を失っても、最低限の生活は保障される。確かに雁は豊かだ。・・でもその豊かさは国民以外に向けられるものでは無いんだ」 「それなら何でこの人たちは雁に来たのだ?」 「自分の国に居るよりはマシだから。雁国の兵士たちは優秀だからな。街に夜盗は近づかねえし、獣が出てもすぐに退治してくれる」 逆に言うと自分の国ではそれさえも安心できないということなのか。 「かく言うおいらも雁の国の人間じゃねえ。隣の巧国からこっちに来てる」 「巧国・・」 「おいらは幸せだ」 楽俊が空を見上げた。 「たまたま巡り合わせが良くて、こうやって仕事を与えてもらってる」 それを言うならば陽子も同じだろう。 あの貧しい人たちの中には慶国の人間も居るのだろうか。 陽子と同じように慶国を逃げ出した者が。 「雁国の、王様って・・・どんな人?」 「雁国の民には慕われてるな。絶大な支持を受けてる」 「良い王様なんだな」 陽子などとは違って。 (景麒もそんな人物を選べば良かったんだ・・) 「おいらもそう思う。でもな、良い王様ってどんな王様だと思う?」 「それは、国を豊かにして民を幸せにしてくれる王様ではないのか?」 「そうだろうな。でも豊かってのは、何が豊かなんだ?幸せっていうのはどういうのが幸せなんだろうな?」 「それは・・・」 「ここに居る奴らだって、自分の国に居るよりは”幸せ”だろう?豊かでも幸せだと思っていない奴らも居るかもしれない。人間の欲望には果てが無いっておいらは思う」 「・・・・・・」 「逆に、ほんの少しのことで幸せだと感じる素直なところだってある。・・・こうやって陽に会えたこともおいらには”幸せ”だ」 何気なく言われた言葉に、陽子は胸を衝かれた。 その表情は、冗談や揶揄う色は無く、本当に真摯にそう思ってくれているのだと伝わってくるものだった。 だからこそ陽子は眉を顰める。 全てを捨てて逃げ出した自分にそんなことを言ってもらえる価値は無い。 |