華炎記
 ■ 第四話 ■


 雁国の首都、関弓に近づくにつれ人の流れも多くなり慶国では見ないような華軒も見かけるようになる。
 そして関弓に足を踏み入れた陽子は足を止め、呆気に取られた。
      その豊かさに。
 街の豊かさだけでは無い。
 道を行き交う人々の息吹。生命力。そんなものに圧倒された。
 慶国では多くの者が下を向き、黙々と歩いていた。
 だが、雁国では・・・誰もが胸を張り、笑顔を浮かべ・・明るい声が飛び交っている。

「陽、どうした?」
「・・・・いや。慶とは随分と違うと思って」
「一人の統率者がずっと治めているからな。国が荒れにくい」
「へえ・・」
「のんびり見るのも良いが、後で幾らでも出来る。まずはお前の仕事先に行こう」
「ああ」
 住み込みだという働き先ならば衣食住は確保できる。
 給金を貯めて・・・出来ればもっと遠くに、慶から離れたいと陽子は考えていた。誰も陽子に追いついて来ないように。
 そんな思いを秘めて風漢について歩くこと暫く、門のようなところを潜った。
 両脇には兵士が立っている。
 風漢は慣れたように手を上げて通っていく。
「おい、早く来い」
「あ、ああ・・・」
 兵士が立っているような場所に身元もはっきりしていない陽子など連れ込んで大丈夫なのか。
「そんなにびくびくするな。何もとって食おうと言う訳では無い」
「はあ・・・」
 それだけ陽子に言って顔を前方に向けた。その風漢の顔を見ていたなら、陽子は間違いなく逃げ出していただろう。
 何かを企んで、楽しくて仕方が無い・・・そんな表情を。




「やーっと帰ってきやがったなっ!この馬鹿っ!!」




 突然、響いた罵声に陽子は足を止め目を丸くした。
「どこをほっつき歩いてやがった!」
 見れば風漢の腰ほどの少年がカンカンに怒って、拳を上げている。
「六太、そう喚くな」
「何をっ!朱衡たちだってな・・・あ?」
 言い募ろうとした少年が風漢に隠れていた陽子を見つけた。
「・・・・何、拾ってきたんだ?」
「犬猫のように言うな。お前たちがいつも大変だと言うから頭数を増やしてやろうと思ってな」
 親切心だという風漢の表情を、これほど胡散臭いものは無いと言わんばかりに目を細めて睨んだ六太と呼ばれた少年は、陽子をじっと見つめて腕を組んだ。
「俺は六太。あんたは?」
「・・・陽、と言う」
 少年らしく無い口ぶりだったが、何故か生意気だとは思わなかった。
「それでこの馬鹿は放っておいて、何しに来たんだ?」
 少年の後ろで風漢が肩をすくめる。
「・・・住み込みで働く場所があると言われて来たんだが・・・」
 あまり歓迎されている雰囲気では無い。
 六太の眉間がぴくりと脈打った。
「おいっ!お前また騙して連れて来たんだなっ!!」
「それこそ人聞きの悪い。どこが嘘だ?住み込みで働けると言うのは嘘ではあるまい?」
「一番重要なことを言って無いだろっ!?」
 責められている風漢はどこ吹く風で全く悪びれない。そんな風漢に怒りは募っているようだが、少年は深く息を吐くと再び陽子と向き合った。
 その顔に浮かんでいたのは、憐れみだったのだろうか。
「あんた、陽、と言ったな。知ってるのか?」
「・・・何を?」
「ここが何処なのか、てことを」
「雁国、だろう?」
 陽子の返答に六太はうああと呻いて髪を掻き毟る。
「陽、反抗期の子供のする事だ。気にするな」
「誰が子供だっ!!」
 ふざけんなっと憤る少年を横に退けて風漢はこっちだと陽子を案内する。

「こら待てっ!・・・待てって言ってるだろーがっ!!!!!

 少年が叫びながらその後に続く。
 陽子は不安を感じずにはいられなかった。