■ 第三十七話 ■ |
「陽子っ!」 広間に飛び込んで来たのは、延麒である六太……と、楽俊だった。 元気いっぱいな六太に対して、楽俊はどこか居ずらそうにしている。 「わあすっげえ似合ってるな!女王様って感じだ!!」 「……あ、ありがとう?」 六太の感嘆の言葉に果たして陽子は喜ぶべきかどうか首を傾げた。 女王様って感じ、というのはどんな感じなのか。 そんなことを疑問に思いながら六太の背後に居る人物に目をやった。 「……楽俊」 「しばらく会ってなかっただろ?連れて来た!」 六太がさも良いことをしました!とばかりに身を縮こまらせていた楽俊の背中をどついて陽子の目の前に押し出した。 「よ、よお。ひ、お久しぶり……です」 「敬語はやめてくれ」 周囲は人払いされていて礼儀に煩く言う輩も居ないのだからと。 「久しぶり、楽俊。楽俊は私のことを知っていたのか?」 「いや……さっき六太様に、聞いたところだ」 それはさぞかし度肝を抜かれたことだろう。 もっとも延王の知り合いというのだから陽子程度では驚きもしないだろうか。 「まあ尚隆様がお連れになった方だから、普通じゃないだろうとは思ってたんだけどな」 「黙っていて、ごめん」 「いいって!気にするな、陽……じゃなくて、景王陛下」 「陽子だ。本当は陽子、と言う。楽俊には名で呼んでもらいたい」 「いやそれは……陽子は王様なんだぞ?」 「王様って何だ?」 楽俊の問いかけに陽子も問いかける。 「う、王様っていうのは……まあ国で一番偉い人だな」 「うん。その一番偉いのが私なんだろう?その私が楽俊に名前で呼んで欲しいんだ」 誰にも文句は言わせないとばかりに王様らしく偉そうに言うのに、楽俊に向ける陽子の目は不安に揺れている。 楽俊はそんな出会った頃と変わりない陽子の様子に苦笑を浮かべ、右手を差し出した。 「よろしくな、陽子」 「っああっ!」 陽子も右手を差し出して、楽俊の手を握りしめる。 その様子を楽俊を連れて来た張本人である延麒が微笑ましそうに見つめ、延王がにやりと笑っていた。 「さて、再会を喜ぶのも良いが本題に入っても良いか?」 そこで完全に放置されていた延王に視線が集まった。 「何だよ尚隆、邪魔すんなよ」 肩肘でつつく延麒を煩そうに延王が押し返す。 「邪魔をしているのはお前だ」 六太とじゃれあう延王の前の椅子に楽俊から離れて陽子は座りなおした。 「……すみません」 「ちょっと他の男に目移りしたからって嫉妬するなよ!」 「生憎俺は狭量な男なのでな。で、陽子」 「はい」 「お前の覚悟は決まったのだな」 「……はい。景麒を殴り飛ばしてすっきりしました」 「「「は?」」」 六太だけでなく、入り口の扉の方へ移動しようとしていた楽俊、ましてや延王さえも陽子の言葉に口を開けた。 「……殴り飛ばしたのか?」 「はい。綺麗に飛んでいきました」 「「「……。」」 陽子の顔は冗談を言っているようには到底見えない。 本当に景麒を殴ったのだろう。 「くっ……はっはっは!」 延王が高らかに笑い声を上げた。 「何だか腹が立って……」 陽子は己の右手に触れる。相手を殴った己の手の痛み。 それを忘れないでいようとそっと心に決意する。 「慶国は軍事国家だ。守られるばかりの王よりも自ら戦う王も良かろう」 「お前と同じだな」 六太が付け加える。 「だがまあ……」 延王がだらしなくテーブルに頬杖をついて陽子を流し見る。 「嫌になった時はいつでも俺のところへ逃げてきて構わんぞ」 巫山戯るような言いようだった。 口元には変わらない笑みが刻まれている。 陽子はそんな延王の目をじっと見つめて、試されているのか本気なのか思案する。 どちらにしろ、陽子の答えは決まっていた。 「いいえ。きっとその時には」 嫌になることなど今更で、逃げ出したいと思う時が来ることも今から想像できる。 だからこそ臆病で卑怯な自分に逃道は作らない。 陽子は慶国に戻った時に、そう決めたのだ。 だから。 もし次に逃げようと思った時は、限界までやってそれでも足りず、国に捨てられた時だ。 自己犠牲の精神など無い。みっともなく最後まで足掻くだろう。 「私が次に逃げる時。それはこの命が尽きて、世界から去る時です」 |
何か楽俊出てきた!