■ 第三十六話 ■ |
雁国を訪れた慶国の一団は門前払いされることなく、丁重に中へと通された。 陽子にとっては再び訪れる地。 見た顔もあったが、陽子から声を掛けることは出来なかった。 「景王陛下、こちらへどうぞ。お付きの方々も」 案内された広間は広く、巨大なテーブルが中央にでん、と置かれている。 いかにも丈夫そうで、その両端に豪華な椅子が二つ向かい合って置かれていた。 声が小さい人間だったら会話が成立しないだろなあと余計な心配をしてしまう距離だ。 「どうぞそちらけお掛け下さい。我が陛下もすぐに参りますので」 案内役の朱衡の余所余所しさに据わりの悪い感覚を受けながら陽子は指定された椅子へ腰掛けた。 ドレスを断固として拒否した陽子の装いは軍事国家として正しい軍装だ。 しかし金モールやら記章やらがついていて何とも動きにくい。軍装といえど礼装なのだから仕方が無いとはいえ、肩がこること限りない。だらしなく項垂れたいが、一国のトップとして訪れている陽子にそれは許されない。 背筋を伸ばして、真っ直ぐ前を向いて。 「よお、陽子」 ……と気を張っている陽子に対して現れた延王はいつものように軽かった。 さすがに身なりは強制的に整えられたのだろう。外見だけは大国の王らしい威がある。 陽子は立ち上がり、軽く頭を下げた。 「……王として」 戻って来た。 「そうか。まあ座れ」 延王に言われて座った陽子の周囲から人が消えていく。 延王が人払いをしたのだろう。 「楽にしていいぞ、俺も堅苦しいのは好かん」 「そうでしょうね」 「お前の軍装はなかなか似合っている。王様らしい」 「……どうもありがとうございます」 陽子は引き攣りそうになる頬を耐え、にやにや笑う延王を睨みつけた。 「概ね、……貴方の思い通りですか?」 器用に延王は眉を上げた。 「さて、どうだろうな。そうだとも言えるし、そうでも無いとも言える」 「雁国は豊かで落ち着いている。対する慶国は常に揺れ動いて不安定。国力の差も歴然としている。雁国が慶国を併合しても何の旨みも無い。余計な荷物を抱えるだけ……私を拾った時から貴方は考えていたのでしょう」 「ふ、それは俺を買いかぶり過ぎているな」 俺はそんなに万能では無いと嘯いてみせる。 「お前が何者なのかなぞ、俺が知るはずも無い」 よくも平然とそんな嘘がつけるものだ。 「慶国に新しい王が立ったことはご存知だったはず」 「そうだな」 「そして貴方は、私を確認していたことでしょう」 不安定な揺れ動く台座に座るであろう王が雁国にとって無害な王となるか有害な王となるか。 場合によっては……。 「私が生きてここに居る。それが貴方の答えでしょう」 延王はそっと視線を伏せて微笑んだ。 「六太が言うにはな、陽子」 「……はい」 「お前は俺の好みのど真ん中らしいぞ」 「……………………………………………………………………………………………は?」 一呼吸も二呼吸も、何呼吸も置いての「は?」だった。 ちょっとドスもきいている。 朱衡あたりが居たら瞬時に延王に天誅を下していただろう。 しかし彼はここには居ない。 延王は陽子の表情を見て、腹を抱えて笑った。 「はっはっはっ!」 陽子の目がすっと細くなる。 「……そうやって私を揶揄って笑っていればいいんだ」 「おやおや心外だ。俺の本気を疑うのか?」 「貴方に本気があるのかを疑う」 その言葉に非常に満足そうに延王は笑う。 六太が居ればきっとこう言ったはずだ。 『ご愁傷様』 |