■ 第三十四話 ■ |
あまりに寝惚けたことを言うので我慢が出来なかった。 陽子の拳の一撃で吹っ飛んだ景麒は転がったまま動かず、そのままにしている訳にもいかなかったので回収させた。 回収にやってきた役人たちの顔色が青かったが知ったことでは無い。 撲殺女王などという渾名が裏で囁かれることになるとは、陽子は夢にも思っていなかった。 怒りは陽子の中で未だに燻り続けている。 「……浩瀚」 騒ぎを聞きつけた浩瀚がやって来た。 「勝手に軍を動かした責任は如何様にも」 責任は全て自分にあると浩瀚は言っている。 浩瀚は本気でそのつもりなのだろう。しかし今、浩瀚を処断してどうするというのか。 誰がこの金波宮を纏めていくのか。 陽子には絶対に無理だ。 そのくらい馬鹿でもわかる。 「へえ……それで、浩瀚は私を見捨てるんだな」 冷たい陽子の声が響いた。 「確かに私など仕えるに値しない王だろな。こんな女王に仕えるくらいなら死を選ぶか」 確かにそれは賢い選択だ。 「陛下」 「だけど慶国の未来を考えるなら、お前より……私だろ。死ぬのは」 ひゅっと浩瀚が息を呑む。 陽子は本気だった。 「そのほうが民も役人も喜んでくれるだろう」 非常に自虐的な言葉だ。しかし真実でもある。 きっと。 過去にはそうして暗殺された王も居るのだろう。 けれど。 「私にはまだチャンスは残されているか?仕えてくれる気はあるか?」 全ての責任を放り投げて逃げ出した陽子だ。最低の王だ。陽子ならこんな王に仕えようなんて思わない。 今の問いは愚問というものだろう。 それでも。 「陛下。私は陛下以外の王を戴いた記憶はございません。お仕えするのは貴方だけです」 浩瀚は迷い無くそう言った。 その迷いの無さに陽子の方が惑う。 何故そこまで陽子が王だと自信を持って言うのだろう。仕えてくれると言うのだろう。 「何故だ……」 どうしてそこまで。 「景麒か?景麒が選んだからか?」 「いいえ。私は貴方を信じております。こうして戻ってきて下さったのが何よりの証」 浩瀚は膝をつき、胸に手を当てた。 「お帰りなさいませ、陛下」 陽子は深く息を吐いた。 「私は何も知らない。愚かな王だ。いや……王ですら無いかもしれない。そんな者でも良いのか?」 「いいえ、陛下。貴方は王です」 「……そうか」 一人でも陽子を信じる者が居る。ならば信じるその一人のために陽子も出きることをしよう。 まずは。 「雁国への宣戦布告の撤回だな」 |