■ 第三十三話 ■ |
手のひらの上で踊る。 浩瀚の、全て思惑の中に。 「……っ」 会議は一時解散となった。 陽子は久しぶりに自室に戻り物思いに……ふける時間はなかった。 「陛下っ!お着替えをっ!!」 侍女たちが雪崩れ込んだからだ。 陽子が断る暇も無かった。式典用の軍服を手にした侍女軍団は陽子を問答無用で裸に剥いて、あれよと言う間に鏡の前には軍服を着た見慣れぬ人間が立っていた。 そして侍女たちはそんな陽子の姿をうっとり揃って眺めている。 黒の軍服姿の陽子は、有能な侍女をしてうっとり見惚れさせてしまう凛々しさだった。 「はあ、陛下……」 そんな視線を鏡越しに見て、陽子は顔を引き攣らせる。 喉元が窮屈で寛げようとすると侍女たちの視線が鋭くその指を睨みつける。 陽子はそっと指を外した。 これから再び再開される会議に戻らなければならない。 まんまと意中に嵌められた浩瀚の顔を見るのが嫌だった。 (……また、私は逃げるのか……?) 否。そんなことが出きるわけが無い。 「陛下、宰輔が……」 侍女の声に陽子が振り返ると、景麒が立っていた。相変わらずの無表情で。 「主上……」 景麒だけが陽子をそう呼ぶ。 そして何が言いたいのかはっきりしない。いつも。そう、いつも。 陽子と景麒は顔を合わせるといつも沈黙が間に横たわり、我慢できなくなった陽子が爆発する。 だが、それでは以前のままだ。 「何か用か?」 しかしそこで陽子もにっこり笑って景麒を迎えられるほど大人では無かった。 「……」 何も返してこない景麒に大きな溜息をつきそうになる。 しかしこれでは、昔のままで。何も変わらない。陽子は気合で溜息を飲み込んだ。 「なあ、景麒」 お前はいったい何年生きているんだと、問いたい。確実に陽子より年上だろうに。 「私は戻って来ないほうが良かったか?」 「……っな」 景麒は大きく目を見開いて、動きを止めた。 「何故っ……その、ように」 「お前はいつも私の顔を見ると、どうしていいのかわからない顔をして、結局何も言わない。言いたいことがあるなら…はっきり言えばいいだろうっ!何なんだっお前はっいつもっいつっ」 「私はっ」 未だ嘗て聞いたことの無い、景麒の声音だった。 「……私の、ほうこそ、無用のものなのです」 「……は?」 いきなりの景麒の意味不明な言葉に陽子は口を開けた。 「私は王をお選びすることしか、出来ないのです」 「何を……」 「それしか、出来ないのです」 そうして再び沈黙。 陽子は自分の中で、何かがぷつんっと切れる音を聞いた。 「景麒……」 がっ、と襟元を掴んだ陽子は拳を握った。 「歯を食いしばれっ!!」 陽子の拳が景麒に閃いた。 きゃーっと見ていた侍女たちが悲鳴を上げる。 景麒は、飛んだ。 |