華炎記
 ■ 第二十八話 ■




 ひとしきり腹を抱えて笑った延王は涙さえ滲ませていた。
(そんなに……おかしかったのか?)
 陽子は少しばかり呆れたように延王を見た。
「そうか、小間使いか。さすが陽子。俺もそう思っていたところだ」
 残念ながらここには王二人のそんな戯言を否定する者は居なかった。
「やりたくも無い仕事を押し付けられて拒否も許されない。好きに遊びにも行けぬし、部下にはいつも小言を言われて机に拘束される。王様など国一番の貧乏籤だと俺は思うぞ」
 流れるように愚痴を言う延王は笑っていた。
「……でも、貴方は楽しそうだ」
 延王は更に笑みを深めた。
「楽しまねば損だからだ」
「損……」
「どうせ逃れられぬなら楽しんだほうが良い。俺は飽きると……破壊したくなるしな
「え……」
「鬱々過ごすのは俺の性にあわん。それだけのことだ」
「いいですね。私もそこまで達観できればいいのですが」
「お前とは年季が違う。五百年というのはそれだけの時間だ」
 陽子は目を伏せて首を振った。
「想像さえ出来ません」
 たかが漸く十数年生きたばかりの陽子には五百年という時は途方も無い。
 延王は近寄り、陽子の手をとった。
「……?」
「この手はまだ死を知らぬ」
「どういう……」
「お前は人を殺したことが無いだろう?」
「っ!?」
 陽子は息を呑んだ。
「大して俺は幾万の……血を流してきた。それは自分で斬った者も居れば、王として断罪した者も居る」
 延王の手は陽子の手より一回り大きく、無骨な手だった。
 その大きな手の中で陽子の手が震えている。
「俺が恐ろしいか?」
「……」
 震える陽子の手が拳を握る。
「……恐ろしいのは、貴方じゃない」
 王となった自分が同じように人を殺すことが、陽子は恐ろしい。平気でそんなことをする自分が。
「王を断罪するのは世界の(ことわり)だけだ」
(ことわり)……」
「そうだ。この世界には絶対的な理がある。王はその理によって選ばれ、理によって断罪される。法則とも言うか」
「意味が、わかりません。何ですか、それは……私はそんなもの、知らない」
 では陽子を王に選んだのはその理なのか。景麒では無かったのか。
「六太に聞いただろう?麒麟は道具だと。理によって王を選ぶための道具だ」
 陽子は混乱した。
「何だそれは。理って……誰が、そんなものを決めたんだっ!」
「世界だ。この世界がそう決めた」
 陽子は言い知れぬ感覚に体を震わせ、全身をかき抱いた。