■ 第二十五話 ■ |
その沈黙は一瞬だったのか、長いものだったのか。 延王は変わらず手を差し出し、陽子はそれを微動だにせず見つめていた。 「っなりませんっ!」 叫んだのは景麒だった。 蒼白な顔で桓魋の後ろから姿を見せてじっと陽子と延王を見つめる。 そして叫ばれた陽子は景麒の姿を視界に入れて、振り切るように延王を見た。 楽しそうな顔の男は何かを企んでいるようにも見える。 目の前の男ならば景麒の手から陽子を奪い取ることも可能だろう。 だが、本当に手を取るべきなのか……迷う。 この国は過ごしやすいいい国だ。僅かの間暮らしただけでもそれは誰もが感じるところだろう。 しかし。だがしかし。 「私は……」 陽子は目を閉じ、一歩延王の方へ踏み出した。 差し出された手を……無視して。 延王の笑みは崩れない。 「私は今日、休みなんです。手を引かれなくても帰れます」 「そうか」 「はい」 陽子は選べない。まだ、何も決意することが出来ない。 自分など必要無いだろうと声高に叫びながら、慶国と完全に離れることが出来ないでいる。 (私は……甘えているのか……) 己の優柔不断さに嫌気がさしてくる。 「主上っ!」 背中に景麒の声を聞きながら、陽子は逃げるように歩き去った。 「……で、どうするのだ?他国の麒麟がこのようなところに居ていいのか?」 陽子の姿を視線で追いかけていた景麒は延王の言葉にその姿を弱弱しく見つめた。 「ご無沙汰、しております」 軽く頭を下げた景麒に桓魋が驚く。 景麒が頭を下げる相手などごく限られている。王にしか頭を下げないと言っても過言ではない。 それにも関わらず、軽くとはいえ頭を下げるということがどういうことなのか。 「元気そう、では無いな」 「……主上をどうなさるおつもりか」 慶国と雁国は隣国同士というだけで仲が良い訳では無い。 前王のことでは雁国には迷惑しか掛けていない。軍事力のある雁国が慶国を併合しようと動き出したとしても今の慶国には抵抗することさえ出来ないだろう。 まして、王を……陽子を抑えられているというのは。 「さて、どうするか」 景麒の危惧を知っていながらも飄々とした態度を崩さない。 「主上を……あの方をお返し下さい。慶国に必要な方です」 「ふむ。別に俺があいつを囲っている訳では無いのだがな……」 今の遣り取りを見ても明白だろう。 全く関係が無い、とは言わないが。 「むしろお前たちのあいつへの接し方に問題があったのでは無いか?お前たちは陽子にどうのように接してきた?あいつはきちんと物を考える頭も持っているし、責任感もある。そのあいつに国を放棄させるなど、お前たちに問題があったとしか俺には思えんがな」 「……っ」 「まあ、俺には関係ない話だ。陽子がここに居たいと思うのならば、居ればいい」 「女一人、幾らでも守ってみせよう」 男が立ち去っても、景麒と桓魋は立ち尽くしていた。 |