■ 第二十話 ■ |
港湾局は海軍の一部所だ。 ゆえにそこの職員の制服というのは、もちろん軍服だった。ただし今着ているものとはデザインが異なる。 「……結局軍服を着るはめになるのか」 つい呟いてしまった陽子の一言に楽俊は首を傾げる。 「それから陽、これつけておけ」 楽俊から渡されたのは眼鏡だった。黒縁の野暮ったい眼鏡だ。 「?私は目は悪くないけど?」 「それはわかってる。ただそのままじゃ陽の顔は印象に残りすぎるからな」 「……私の顔?」 いたって平凡で何が印象に残るのかわからないと陽子は首をひねる。 「顔がいいって自覚してねえのか?」 「は?誰が?」 「陽、が」 陽子はまじまじと楽俊の顔を見つめてしまった。 「……楽俊、目は悪く……無いよね?」 楽俊は大きく溜息をついた。互いの理解にはかなりの隔たりがあるらしい。 「陽こそ鏡は見たことあるよな」 「まあ、ほぼ毎日見るかな」 幾ら陽子が着の身着のままとはいえ、一応顔は洗うし、髪は整える。ただ、それだけでもある。 金波宮に居た頃には侍女にあれやこれやと触られていたが、かなりうんざりしていたのだ。相手を不快にしなければそれでいいと陽子は女にあるまじき考えを持っている。 「何でそれで気づかないんだか……まあいい、とにかくその眼鏡はかけろ。度は入ってねえから」 「わかった」 よくわからないが、陽子は素直に頷き渡された眼鏡を装着した。 「楽俊はいつもこんなことをしてるの?」 「いつもって訳じゃねえな。いつもは学生だし……まあ延王君にはお世話になってるから」 「この鬘と……帽子も渡しとくぞ」 渡された鬘に長い髪を押し込めて、キャップ帽を被る。 「……この際、髪を切ってしまおうか」 「それはやめとけ。長いほうが色々便利だから」 「そうかな?」 「ああ。寒いときに防寒になるだろ」 「……そうだな」 それで納得してしまう陽子に不安を覚えつつ、とりあえず陽子の決意を翻すことができて楽俊は胸を撫で下ろした。 楽俊に連れられるまま港近くの建物にやって来ると、二人と同じ格好をした人々が歩き回っていた。 大小の積荷があっちからこっちへと運ばれ、それに指示を出す者、運ばれた荷をチェックする者……そんな雑多な人間がひしめく中へ、楽俊は躊躇することなく入っていく。 「陽、よそ見するなよ。迷うぞ」 「あ、ああ……」 楽俊は誰かに声を掛けている。 「よお鳴賢。今日も手伝いに着たが変わらず忙しそうだなあ」 「ああ楽俊!いいところに!そうなんだよ、はあもう忙しくてなあ……ん?そっちは?」 「ああ。きっと今日も忙しいだろうなあと思って先日入った新米もつれて来たんだ。枯れ木も山の賑わいだろ」 「へえ!俺は鳴賢。今日はよろしくな」 朗らかに言う男と陽子は握手をかわす。 「見た目より力はあるんで、何でも言ってください」 「そうなのか、助かるよ。早速で悪いが楽俊と一緒にあっちに到着した荷物を仕分けして欲しいんだ。楽俊はわかってるよな?」 「ああ。前と同じように仕分ければよいんだな」 「そう。頼むよ!」 そう言うとさっさとどこかに駆けていく。忙しいというのは本当らしい。 「関弓に港から入ってくる荷を一手にここで裁いているからな」 活気もあるわけだ。 「人を増やすわけにはいかないのか?」 「そうだなあ。もうちょっと居てもいいとは思うけど、人が多ければいいって話でも無いからな。人を増やすってことは官吏を増やすってことだろ。そうしたら当然使う税金も余分に増える。税金をどこに使うかは上の匙加減だろうが……人件費は出来るだけ割きたいところだからなあ」 そういうものかと陽子は他人事のように思う。 「さ、陽。おいらたちも仕事するぞ」 「ああ。何をしたら?」 「まずはそこの荷物を箱に書かれている種別ごとに分けて、数を数える。数はそこの紙に書いておく。後で役人が帳面と照らしあわせるから」 「わかった」 頷いた陽子だったが、広い空間に荷物は次々と運びこまれていく。 「おいらはあっちから行くから、陽はそっちから頼むな」 「了解。……大変そうだ」 腕をまくって気合を入れた。 |