華炎記
 ■ 第十五話 ■






 ”うん、ちょっと整えような!”
 ……陽子を上から下まで眺めた六太が言った台詞の真実がこれだったと知っていたならば、決して大人しくついて来なかった。
 疲労困憊の陽子の周りで、侍女たちが『いい仕事した!』と言わんばかりに手を握り締めていた。

「陽〜そろそろ準備で…………」
 陽子の準備が出来るのを待っていた六太が陽子の姿を目に入れて絶句した。
 大きな目を極限まで丸くして、口も「あ」の字に大きく開いている。
 そんなに絶句するほどに奇怪な姿になっているのかと思うと、ますます暗澹たる気分になってくる。
「……陽、だよな?」
「そうだが……何も言わないでくれ。似合っていないのは自分が一番よくわかっている」
 腰を中心に体に纏わりつく布の何と動きにくいことか。
 こんなものを着て自由に動きまわっている侍女たちに陽子は畏怖を抱く。
 せめて軍服だったら……まだマシだったのか。
「えっ!いやいやっ!すっげー似合ってる!美人だって!!」
「……お世辞はいいよ」
「…・…え、いや……え……」
 マジこれ大変じゃね?どうする?あのバカに見せられねーよなマズイよな?うわーっあいつやけに肩入れしてんなーっと思ってたけど、ただ単に好みだったからか?は?あのエロオヤジっ!!
 ぶつぶつ何か言い始めた六太に陽子も途方に暮れたまま突っ立っている。
 見かねた侍女が声を掛けるまで二人はお互いに見つめあったまま動かなかった。











 六太に案内をされながら陽子は長い廊下を歩く。
 各部署の置かれている場所とは違い、壁は装飾的で床は美しく磨き上げられた大理石だ。
 その廊下を陽子は転ばないように慎重に歩いていく。……先ほど部屋を出ようとした瞬間高いヒールに足をとられて盛大に転びそうになったのだ。それを見ていた六太も心得ているようで、後ろをついてくる陽子を気にしながらゆっくり歩いていく。
 もう少し身長があればエスコート出来ただろうに、六太の身長では聊か情けない状態になる。
「六太君……ここまで来ておいてなんだが、私が会う必要があるのか?」
 氾王に。
「顔見知りになって損は無いだろ?」
 それはそうだとは陽子も思うが……ここには『王』として居るわけでは無い。往生際が悪いと思うけれど。
「慶からすると範なんて遠い国だからさ、国交も無いだろうしこの機会逃したらずっと会えないかもしれないぞ?それにまあ色々と技術力は高い国だから」
 それにぼそりと、『王は変だけど』とぼやいた台詞は陽子の耳には届かなかった。
「ここまで来たんだから諦めろ」
「……」
 こんな格好までして来てしまったのだ。確かに諦めるしかないだろう。
 そのまま特に言葉をかわすことなくたどり着いた場所には兵士が立っていた。さすがにVIP待遇だ。
「よ、ご苦労さん」
 兵士も六太の姿に気がついたようで敬礼する。
「台輔、そちらは……」
「俺の客。一緒に入るから」
 『誰だ?』と不審げな眼差しを注がれ、陽子は一礼する。
「美人だからって見すぎんなよ」
「……っ失礼しました!」
 真面目な兵士は六太の軽口に直立不動となった。
 六太はそのまま扉をノックし、中からの返事を待つことなく扉を開けた。

 ・・・・・と、凄い勢いで何かが六太の横を通り過ぎた。
 え、と陽子が視線を動かせば、柱に当たって床に落ちる……扇子、だろう。何故か柱に皹が入った気がするが。


「全く、この国は礼儀を弁えぬ無礼者が多くて困る」