■ 第十四話 ■ |
動き出さなければならない。 そうは思っても、今更すぐ動きだせるならば・・・ここまで逃げてはいないだろう。 それよりも陽子の正体を知りながら普通に働かせている延王のほうが問題では無いだろうか。 部下たちはそのことを知っているのだろうか。 知っていて陽子を扱き使っているのならば、朱衡という男はかなりの食わせものだ。 彼は陽子に教えてくれていたのでは無いだろうか。仕事というものを。何も知らない小娘に。 「何でしょうか?そんなに見つめて、仕事が足りないとでも?」 「っいいえ!十分です!行ってきますっ!」 朱衡の怪しい眼差しを受けて、陽子は両手いっぱいに抱えていた書類を持って駆け出した。 ・・・やはりただ扱き使われているだけなのかもしれない。 溜息を飲み込みながら陽子は書類を持って廊下を歩いていく。走らないように、けれど出来るだけ早く。 「あー、よ、陽」 そんな急ぎ足の陽子に声を掛けてきたのは帷湍だった。 彼もまた朱衡と同じように違う部署で書類によく取り囲まれている。陽子が頻繁に書類を運ぶ場所のひとつでもある。 「はい?」 とりあえず手の中の書類を急いで言われた部署に運ばなければ、他の仕事が分裂増殖する。 それだというのに帷湍は煮え切らない態度で視線をあちらこちらに飛ばして用件に入らない。本当に何なのだ。 「あの、帷湍様……」 「陽!延…風漢と六太様がどこに行ったから知らぬか?」 むしろそれを何故陽子が知っていると思うのか。 「いえ、生憎と」 王と麒麟という立場にあるのならば、この建物のどこかに居るのでは無いのか。 否、そうとは限らない。何しろ日雇い人夫で働いていた陽子とは、その勤め先で出会ったのだから。 まあ陽子もそこで働いていたのだからあまり人のことを言える立場では無い。 「街にでも行ったのでは……?」 何気なく言った陽子の台詞に帷湍の体がぷるぷると震え始める。 「………あの……」 「……糞主従がぁーーっ!!!!」 「………」 余程、腹に据えかねたのだろうなと陽子は見え見ぬ振りをした。 あんな王を上に持つと苦労する。色々と大変だろうな、と想像だけはできる。 そんな陽子の憐憫を含んだ視線に気づいた帷湍がはっと固まり我に返った。 「ごほんっ……いや、引き止めて悪かった」 「いえ……失礼します」 あえて突っ込むことはせず、陽子は書類を抱えなおして歩き出した。 そして書類を届けた帰り道で、こそこそしている六太を発見した。 (……何をやっているんだか) 「六太君?」 「うわっ!?……て、陽かよっ驚かすなっ!」 「何をしているんだ?帷湍様が探していたが……」 「やべっ」 いったい何を仕出かしたのか。 「範の奴らが来るって言うから……」 「範?」 「そ、氾王と氾麟。あいつらうるせーんだよな〜」 陽子は絶句する。他国の王と麒麟が訪問するというのに、王と麒麟が逃げ出したのか。 いいのかそれで。本当に大丈夫なのか雁国は。 あー面倒〜あいつに押し付けようと思ったのにな〜と呟き続ける六太に悪びれたところは欠片も無い。 これで強国の一つなのだから、雁国は謎の国だ。 「あ、陽も来いよ」 「……どこに?」 「氾王と氾麟の顔合わせ」 なんともあっさりと軽く爆弾を落としてくれた。 |