■ 第十一話 ■ |
「私を景王だと知りながら……何故、ここに連れて来たのですか?」 慶国は雁国の友好国でも同盟国でもない。ただ隣接しているというだけの国だ。 しかも雁国は何も知らない陽子さえ知っているその名を知る大国である。 女王になるかならないかわからないような小娘を気にかける理由がわからない。 そんな陽子の心の声が聞こえているのかどうか、延王は面白そうに笑んだまま腕を組み口を開いた。 「お前は王というものを何も知らな過ぎる。うちのチビを遣るから相手をしてやってくれ」 「チビ……?」 延王には子供が居るのだろうか。 「そう。ここに来た時に飛び掛ってきたチビが居ただろう?」 そう言われて、この目の前の男に対して拳を振り上げていた子供の姿が思い浮かぶ。 「あれがうちの麒麟だ」 「……は?」 「景麒とは随分違うだろう?」 「でも……え、本当に……?」 陽子の中で『麒麟』という存在はどれも景麒と似たりよったりの印象を抱いていた。 「麒麟にもそれぞれ個性がある。どの国の麒麟も様々だ。その中でも景麒はことのほか真面目で融通がきかないようだが」 「……」 否定は、全く出来ない。 「また、言葉も足りぬようだ。王に王としての自覚を促すのも麒麟の役割のはずだ」 陽子はそっと視線を伏せた。 常に逃げることを考え、反抗的な態度をとっていた陽子には景麒とて話しかけづらかっただろう。 「どれほど後悔しようとお前はもう後戻りは出来ない。だが同じ”王”として慈悲をやろう。全てを知って、それでも逃げたいと言うのならば俺が手を貸そう」 「……」 どんな思惑をもって延王が言うのか全く理解できなかったが、悪魔の誘惑に誘われるように陽子は頷いた。 ■ □ ■ □ 「おっす!」 翌朝、食堂で朝食をとっていた陽子の元に嵐が飛び込んだ。 その嵐の名を延麒と言う。 「俺は延麒。でも六太って呼んでくれ」 「……始めまして、陽、です」 「堅苦しいなっ!普段通りでいいって。あっ今朝はオムレツなんだな!」 ひょいっと椅子に座ると陽子の皿からオムレツを強奪する。 「んートマトとチーズが良いバランスだ。いい料理人だよなーわざわざ漣まで行って勧誘してきて良かったぜ、あ、わりっ!陽のだったな!おーいっ!オムレツ追加頼む!3人分なっ!」 「……」 傍若無人、とはこのことだろうか。 唖然として六太を見つめていると小首を傾げる。見た目子供な六太がやると思えず目を細めてしまう可愛らしさだ。つい表情を緩めそうになった陽子は『いや待て待てっ』と我に返る。 「おっさんから話は聞いてるか?」 おっさん、というのが延王のことだろうか。 脳内で勝手に変換して頷く。 「面倒だけど、仕方ないよな。今日は一日俺と王様授業な」 「えーと、仕事が……」 朱衡に与えられている仕事は容赦ない。 「朱衡の奴にも言ってあるから。眉間に皺寄せてたけど心配ないっ!」 寧ろ心配になってしまう。 それでも陽子に拒否権は無いのだろう。 「一日よろしくな!」 「……こちらこそ」 色々と諦めた。 その後、六太は注文していたオムレツ三人前の一人前を陽子に渡すと残りをぺろりとたいらげた。 陽子とて小食ではないが、六太の小柄な体のいったいどのあたりにそれらが入っていったのか不思議だ。 「陽はさ」 「ん?」 「笑えばいいのに」 「……」 「笑えばすっげー可愛いと思う!」 「……」 にこにことそう言う六太のほうが可愛いと思う。(見た目は) だから正直に告げた。 「六太君のほうが、可愛いよ」 すると六太の目が大きく、驚いたように見開かれる。 「陽って……誑しだな」 「……」 同じ台詞を返しただけなのに、何故自分だけが『誑し』と言われるのか。 不本意な表情を浮かべた陽子を六太は頬杖をついて、楽しそうに眺めていた。 |