日曜日を明日に控えた、ある土曜日のことだった。

「涼、明日のご予定はどうしましょうか?」
 ソファでだらりとした格好で雑誌を読んでいる涼に忍が問い掛けた。
「う〜ん・・・明日・・・・」
「涼?」
「あ、そうそう。明日は一成と約束してるんだ」
忍の眉が涼の言葉にぴくりと上がるがいまだに雑誌に目を落としている涼は
気づかない。
「・・・どんなお約束でしょうか?」
「ん?何か一成の奴がさ、日常の買い物ぐらい出来るようになりたい、なんて言う
からさ・・・あの顔で言うんだぞ、俺笑うの堪えるのが大変だったぜ・・・それに
付き合う約束したんだ」
 以前、忍の手から涼と一成が逃げていたとき、一成がさんざん涼に馬鹿にされた
もしくは世間知らず扱いされたことにいまだに一成が苦い思い抱いていることを
涼は知らない。
「・・・私も行っても構いませんか?」
「忍も?俺は別に構わねぇけど」
・・・・・・・あなたと藤原一成を二人で一緒に出かけさせるなんてことさせるわけには
いきませんからね・・・・・・・
 心の中でそんなことを思いながらにこりと忍は極上の笑顔で笑うのだった。




そして、日曜日。
「よう!一成!!」
 待ち合わせの駅前に現れた涼を見て、一成が顔をしかめた。
「・・・・涼・・・・・何でそいつがいるんだ?」
「え?ああ、忍も付き合いたいんだってさ。こいつもちょっと世間の常識を知らねぇ
とこあるから丁度いいだろ」
・・・・・・・そういう問題じゃない。
 一成はそう主張したかったが・・・・・・
「よろしく、頼むよ。一成君」
 にこやかな(しかし含み有り)笑顔で手を差し出されてしぶしぶ握る。
 一成の顔からすれば・・・・・・くそぅ、俺と涼のラブラブイチャイチャなハッピータイム
を邪魔しやがって・・・・・と思っているかどうかは定かではないが、それに近いことを
思っているのは確かである。
「じゃあ、行こうぜ!」
 そして、何より一番状況をわかっていないのは元凶の涼だった。


「どっから行く?・・・日常の買い物っつたらやっぱり食いもんか?」
 百貨店の入り口で大の男が3人並んで話こんでいるのはかなり目立つ。
 しかもその外見が普通以上なのがさらにそれに輪をかけている。
「うんっ、地下に行こうっ!!」
 そう言って涼は2人を後ろに従えエスカレーターを下る。
「ほいっ、2人ともこれ持て」
 涼から2人に手渡されたのは黄色の・・・・・・・・・・・・・・買い物かご
 はっきり言って・・・・・・似合わない、似合わなすぎる。
 そして、そんな2人の違和感にはお構いなしに涼も片手に買い物かごを持ち、
売り場に足をすすめる。
「「・・・涼」」
 どうしていいのかわからに2人が買い物かごを持ったまま涼に困惑した
顔をむける。
「ん?自分のいるもんとか欲しいもんとかをかごに入れて、あそこのレジで支払う
んだからな。それくらい一人でしろよ」
「「・・・・・・・・・・」」
 顔を見合わせ沈黙する2人を置いて涼はさっさと消えてしまう。
「・・・・・・とり合えず涼の言うとおりにしましょうか」
「・・・・・・・・そうだな」



一時間後。
「何買ったんだ?」
 2人の持っている買い物袋を交互に覗き込む涼。
「どれどれ・・・・・・・・・・なっ・・・・『高級メロン』て・・・一成っ、これ贈答品だろうが!
 俺は欲しいもん買えって言ったんだぞ?」
「・・・・・・・・・・」
 以前、涼が高級メロンを思いっきり丸ごと食べてみたいという大きいんだか小さい
んだかよくわからない夢を熱く語っていたことを思い出して買った・・・・とはシャイな
一成にはいえなかった。
「・・・・で忍は?・・・・・・・やけに少ないな・・・・『ケーキ作りセット』て、忍・・・お前料理
出来ないだろう・・・どうするんだ?」
「あなた甘いもの好きでしょう?睦月に作らせようと思いまして・・・他のものは送って
もらうことにしました」
「送るって・・・・何買ったんだ?」
「あなたが好きなマグロ、カツオ、サーモン、それにトビウオも買っておきました。
 それから・・・・・」
「・・・・もういい」
 まだ何か買ったらしい忍を疲れたように涼はとめた。
 どうやら、2人を自由に行動させた自分が馬鹿だったらしい・・・と珍しく反省して
しまう涼。
「・・・・・じゃあ、今度は服でもみるか・・・・」
 そして3人は紳士服売り場に買い物袋を下げたまま移動するのであった。
 その格好が究極に似合わなかったのは・・・・もう言うまでもないだろう。



「一成、お前普段どうやって服選んでるんだ?」
「選ぶも何も三田が買ってくるのを着てるだけだ」
「・・・・・・・・・・」
 ・・・・・三田さんも苦労するな・・・・・・・・・
「忍は?」
「私は睦月が選んだものを着ることが多いですが、一応自分で選んでいますよ。
馴染みの店をありますし」
 それがどこの店かは聞かないでおこうと思う涼である。
「そいじゃ、まず一成の服選ぶか・・・ほら、一成どれか着てみたいて思うもの
ないか?」
「・・・・・別にどれでもいいが」
「それじゃあ、決まんないだろうがっ!!」
 涼につめよられるが、もともと物に執着のない藤原一成。
 彼の目にはどの服も同じに見えた。
 仕方なくウィンドゥに飾られていたスーツを選んでみる。
「馬鹿っ!お前高校生なんだぞ、あんな渋い服着てどうすんだよっ!!しかも
・・・・・・・」
 涼がその服に近寄り、首にかかっている値札を見る。
「・・・・・じゅうきゅうまんはっせんえん・・・・・庶民の手にする値段じゃねー・・・
いいか、一成!普通の奴はなぁ・・・服買う時は自分の財布の中身と相談しながら
色々と妥協しながら買うもんなんだぞっ!!それをお前って奴は・・・・・」
 ぐぐっと拳を握り締める涼。
 そのとき、涼の話を中断させたのは奥から出てきた店員だった。
「まぁ、何をお求めでしょう?こちらの品ですか?きっとお客様にお似合いだと
思いますわ!!ぜひご試着してみて下さい!!!」
 ・・・・と強引に店員に引っ張っていかれる一成。
「お、おい・・・涼・・・」
「・・・ま、いいんじゃねーか・・・・」
 試着しかしたこともないだろう一成にとり合えずそんな声をかける涼。
「では、こちらでお着替え下さいっ!!」
 試着室に服とともに一成を放り込む。
 かなり押しの強い店員である。
 ・・・・・まぁ、押しの弱い店員など見たこともないが・・・・・・・
「もうよろしいですか?」
「・・・・・ああ」
「・・・・・・まぁぁっとてもよくお似合いですわ
 現れた一成を見た店員の目にはハートマークが浮かんでいる。
「・・・・・・・・・」
 何で、こいつあんなスーツがこんなに似合うんだ?
 年齢誤魔化してんじゃねーだろうな・・・・。
「どうなんだ、涼?」
「・・・・・いいんじゃねーの」
 とり合えず内心の悔しさは隠してそう言ってやる。
「なかなかよく似合うよ、一成君。とても高校生には見えないね」
「・・・・・・」
 褒め言葉なんだか何だかよくわからない忍の言葉に憮然として顔をする一成。
「他にもご試着になりたいものがありましたら持って参りますが?」
「・・・いい。これを貰う」
 これ以上着せ替え人形のような真似をされるのは嫌だった一成は、別に気に
入ったわけではないがそれを購入することにした。
・・・・・・・涼がいいと言うのだからこれでいいだろう。
「ありがとうございます!」
 これだけの品をぽんと買ってくれる客に店員の顔はますます笑顔になる。
「・・・・・・では、お会計が・・・20万4750円になります」
「・・・・カードで」
 そして財布からカードを取り出す一成・・・・・・・その色はゴールド。
 普通の高校生がする買い物の額じゃねーなと思いながら・・・すでに疲れて何も
言う気のなくなった涼である。
「涼、あなたは何かいるものは無いんですか?」
 そんな涼に忍が尋ねる。
「んー?俺は別に・・・・」
「あなたもいつも制服ばかりではいけないでしょう。もうそろそろ秋物が出ているころ
ですからついでに揃えましょう」
「えぇっ?!」
 そうしてずるずるとブランド物の立ち並ぶ領域に涼を引っ張っていく。
「そうですね・・・それと、これと・・・あとあれもお願いします・・・これもいいですね・・・
ジャケットは・・・・・・・」
 忍は店員を呼びつけあれや、これやと持ってこさせて涼に試着させる。
 突然に始まったファッションショーに人手の足りなかった店員は別の店からも
応援を頼む。
「ああ・・・よくお似合いですね。これを・・・」
「あ、お、おい・・・」
 涼が焦るのにも構わず忍は気に入ったものを片端から店員に渡していく。
「涼、これなんかもいいんじゃないか?」
 そこに藤原一成も加わった。
「お前・・っ自分のものは興味ないって言ってたくせに・・・っ」
「自分よりも他人のほうがよくわかるだろう」
「・・・・っな、て・・・・・・・っっ!!!」
 ちらりと覗いた値札に驚愕の声をあげる涼。
「そ、そんな高い服・・・俺はいらねーって・・・・おいっ、忍っ!・・・しのブーッッ!!」
「何を言っているんですか、あなたが袖を通すものですよ。こんなもの高いうちには
入りませんよ。普段着るくらいで丁度いいものです」
「・・・・・・・・」
 この発言に店員たちはますます白熱する。
 不況のおり、ここまで金離れのいい客など滅多にいない。
 どんどん買ってもらおうと忍が選ぶもの以外にもあれやこれやと持って来る。
 その騒ぎにフロアの担当責任者らしい男がやって来た。
 そして3人にぺこぺこと額に汗を滲ませながら愛想をふりまきはじめる。
「・・・鳴上様がお越しとの連絡をもらいまして・・・私、このフロアの担当者の山田と
申します。まもなく副社長もやって参りますので・・・」
 どうやら先に手渡していたカードから身元がわれたらしい。
 やがて背広姿の男が試着をしている涼の前にぞろぞろと集まる。
「ご当代様のお越しということで、まことにありがとうございますっ!」
「これを機に我が○☆◇百貨店をご贔屓に・・・」
「なにかご要望の品物がございましたら・・・・・」
「君たち、鳴上さまにご無礼があってはならないよっ!」
 その様子に事情を知らされていない店員たちは目を白黒させていたが、我に
かえるとより一層の熱意をもって丁重に対応してくる。
「もうしばらくいたしましたら社長も戻って参りますので、よろしければご挨拶を・・・」
「社長もぜひお目にかかってご挨拶をしたいと申しておりますし・・・・」
 必死に言い募る背広集団に涼の顔がひきつる。
「どうしますか?涼」
・・・・・どうするも何も・・・・何でちょっと買い物に来たくらいでこんな大騒ぎになって
やがるんだ?だいたい今日、俺は一成に付き合ってきてるんだぞ?
 涼の顔がだんだんくもってくる。
 それを察した忍は・・・・
「・・・・お申し出は大変ありがたいのですが、ご当代様にはこの後もご用事がござい
ますので、失礼させていただきます」
 涼にかわって受け答えをする。


 ・・・・・・何で、『日常の買い物』に来て、こんな目にあってんだろうな、俺・・・・・・・

 その騒動を見ながら一人黄昏る涼だった。




 ずらりとほとんど店内中の人間に見送られて店を出た3人はそれが見えなくなる
までしばらく歩き、もうすぐ駅というところで・・・くるりとそれまで沈黙を守っていた
涼が2人を振り返った。

「もうっお前らとぜったいにっっ!!買い物なんか行かねーからなっ!!!」

「「涼っ?!」」
 捨てゼリフをはき、涼は2人に背を向けて駆け出した。



 ひゅるるるる〜〜〜〜〜
 呆然とした2人の男の間を冷たい風が吹き抜ける。
 自業自得。
 まさに、それ。



 そして、2人が涼に許してもらえるまで一週間もかかったのだった。





★あとがき★
  やっとUPできますね♪近日と書いておきながら・・・・(爆)
  『雷神』は今、御華門がハマッている漫画でも1,2を争うお気に入り
  だったりします!!連載している本誌のほうが休誌になって続きがどう
  なるのか・・・・ドキドキなんですが・・・・どんな手段でもいいので続きが
  読めるといいな、と思う御華門でした。
  では、ご拝読ありがとうございましたm(__)m

オリジナルへ♪
Back