「黄金、か・・・・」

 古今東西、これほど人間を狂わせたものも無いだろう。
 確かにその輝きは美しい。
 美しいが―――

「ただの石だ」
「そう言い切れるのはあなただけですよ、将軍」
 沖に突き出た岸壁に来るには、鬱蒼とした林を越えなければならない。
 夜明け前に林はひっそりと静まりかえり、闇が濃い。
 その闇よりも暗い影が立っていた。
「居たのか、元述(ウォンスル)
 そう言うわりに驚いた様子の無い文秀が、軽い笑いを浮かべて振り向いた。
「・・・そんな体で出歩いて野垂れ死にされては困りますから」
「死なねぇよ」
 ―――― 死ねない、のだ。
 いっそのこと死んでしまえば、この世の苦しみも悲しみも、全ての柵(いましめ)から解き放たれて
解放されるだろうに・・・想像だけでもその甘美さに気が遠くなる。
 だが、文秀は死に逃れることは出来ない。
 苦しみも悲しみも、全てを業として生きていくと誓ったのだ。
 背負って生きてやる、と。

「・・・戻らないんですか?」
 元述の問いを無視して、文秀は闇の海をのぞむ。
「俺は、黄金なんかよりずっと好きだな」
 何がとは問わない。文秀も反応がかえってこないことを気にしない。

 『元述』
 生前、その存在は文秀にとってただの部下に過ぎなかった。
 どれほどに畏れ、崇拝しようと・・・だからこそ、その枠を越えることは無かった。
 だが、死後。
 阿志泰によって死人たる身で生を与えられた『元述』は、何なのだろう。
 
 (―――― 哀れだからだよ)

 だから、文秀は元述の同行を許した。
 生前は決して許さなかったそれを、いとも容易く・・・。

 死を得た後も、この世の柵に繋がれて解放されない元述。
 死ぬことを許さず、この世であがきつづけるしかない文秀。

 本当に哀れなのは、果たしてどちらなのだろう?


「ああ、日が昇るぞ」

 暗闇を裂く一条の光。
 どんな黄金よりも価値あるもの。






 ―――― 彼等に、それが訪れるだろうか・・・・