聚慎(ジュシン)
束の間の平和にまどろむその都。

「・・秀・・・文秀(ムンス)
「あー・・・あ?」

 深い眠りを呼び覚ます穏やかな声に、うっすらと目を開けた文秀と呼ばれた男は、ぶれていた視界
が点を結ぶに至り、神速とも思えるほどの素早さで身を起こした。

「おま・・・お前!?」
「おはよう、文秀」
 指をさされた男は穏やかに笑って挨拶をかえす。
 文秀の動揺など知らぬげに。
「な・・・・」
「な?」



「何でお前がここに居るーーーっ!!」



 文秀の叫び声は、三つ通りを隔てた家まで届いたらしい。






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「・・・・で?」
 夜着に着物を一枚羽織っただけの文秀は卓の向かいに座る相手に、酷く不機嫌な眼差しを
向けた。超一流の武人である文秀のそんな眼差しは、知らぬ者が見れば震え上がってすぐさま
許しを請うほどに凶悪なものであったが、この相手は気にすることなく微笑んでさえいる。
「君の顔を見たくなったんだ」
「それだけかっ!」
「凄く重要なことじゃないか」
「どこがだ!どこの国に臣下の顔が見たいだけで、その臣下の家に無断で押し入る君主が居る!?
お前は馬鹿か!?」
「ここに」
 にっこり笑って堪えた様子の無い主君に、文秀は戦いの中でさえ感じたことのないほどの重い
疲労感に襲われた。眩暈さえする。
 知らず頭を押さえた文秀の顔に、長い黒髪が流れ落ちた。
「そうは言うけれどね、文秀。君とどのくらい顔をあわせてないと思う?」
「・・・・さぁ、3,4日くらいか?」
「一週間だよ。いっ・しゅ・う・か・ん
「いや、そんな区切らなくてもな・・・」
「君と知り合ってからそんなに顔を合わせなかったことなんてあるかい!?」
「・・・戦場に行ってるときは2、3ヶ月会わなかった気がするが?」
「それはそれ。これはこれ」
「・・・・・・」
 文秀は眉を寄せた。
「それは仕方ないから。君の絵姿を毎日見て我慢した」
「ちょっと待て。何だ絵姿、て絵姿て・・・」
「とにかく」
「こら、話を変えるな」
「病気でもしたのかと、僕は心配したんだよ」
「・・・・・・・・・。そうか」
 真正面から気恥ずかしい台詞を真顔で言われ、文秀は顔色こそ変えなかったものの解慕漱(ヘモス)から視線を逸らした。
 それにくすりと笑う。
「そう。という訳で我慢ならなくなった僕はここに来た」
「お前・・・・それ、全然言い訳になってねぇぞ」
「言い訳じゃないから、いいんだ」
 開き直ったとしか思えない言葉に、ついに文秀は喉をくっくっと鳴らして笑い始めた。
「ったく、どこの馬鹿息子だ。お前は」
「何とでも言うがいい。おかげで僕はいいものが見れた」
「あ?」
 何が、とは見かけによらず狸な解慕漱は答えない。

(――― 可愛い寝顔が、なんて言ったら二度と油断してくれないだろうし、ね)

「それで、満足したか?俺はいたって元気だぞ」
「そうみたいだね」
「じゃ、城の連中が騒ぎ出さないうちにさっさと帰れ」
「送っていってくれないの?」
「ここに来る時には一人だった奴が何を言う」
「友達甲斐が無いよ、文秀。送ってくれ」
 友人であり主君に笑いながら言われては、冷徹な武人として名高い文秀も苦笑を浮かべて
折れるしかない。
「手のかかる奴だ」
「どういたしまして」
「誉めてない」
「そう?」
 立ち上がる文秀に促されるように、解慕漱は歩いていく。
「文秀」
「何だ?」
「まさかその格好で外を歩く気かい?」
 まるで遊廓から朝帰りした若旦那の風情だ。
 はっきり言ってだらしない。
 ・・・・が、気だるげな様に妙な色気もあって目の毒でもある。
「悪いか?これならまだマシなほうだぜ」
「・・・・・まぁ、いいか。文秀らしいし」
 王の癖に堅苦しいところが無いのが、この友の話せるところだ。
 にやり、と笑った文秀に解慕漱も共犯者のような笑みをみせる。

 片やならず者で荒っぽい武人。
 片や上品で柔和な文官然とした王。

 両極にある二人は、似たところなど少しも無かった。
 それでも互いに掛け替えの無い友として傍に在る。








 ――――― 時の狭間の僅かなる幸福だった。










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このままの萌え度を維持し続ければ
独立コンテンツになる・・やもしれない。

ちなみに『新暗行御史』は、サンデーGX連載中の作品。
単行本は8巻まで(04/08)まで出てます。
画力が凄い。ただただ尊敬しきり。
そして御華門の中華モノ好きのツボを衝かれてしまった・・・。