いつものように、可憐な風情で(あたしのことよっ!!)物思いにふける邪魔をしたのは”ゴッキー”や”ゴミ”との愛称で親しまれている黒衣の魔族だった。
「こんばんわ、リナさん♪」
無視、無視。
・・・・・・・・・できれば苦労はしてないのよね。
「何よ・・ゼロス」
「リナさんにお会いしたくなりまして」
「・・・別にあたしは会いたくないけど」
「僕が会いたいんです♪」
「・・・・・」
どうして、こうこいつってばストレートなのかしら・・・そりゃあ魔族は嘘はつけないとは言うけど・・・・・こっちが照れるじゃない。
「こんな天気ですし、リナさん外に盗賊いぢ・・・いえいえ、破壊活・・・いえいえ、気晴らしにも出かけられずに退屈してらっしゃるのではないかと思いまして」
外は曇天。
北風はぴゅーぴゅーと勢いよく吹きまくり、どこからか飛んで来た看板が通行人に直撃したりしていた。
気温は・・・・・・・考えたくないほど寒い。
こういうときには火炎球の一つや二つ・・・暴炎呪の一つも唱えたくなるというもの。
幸い、目の前にはちょうどいい標的が・・・
「あの・・・リナさん、なんだか目が怖いんですが」
でも、今日はそれほど暴れたい気分でもない。
ちっ、運のいいやつ。
「・・・・考えていらっしゃることが手にとるようにわかるんですが」
「気にしない、気にしない」
「とっても気になります」
その言葉は無視する。
「んで、あたしが暇してるんじゃないかと思ったて言ったわよね?」
「はい」
「おあいにく様。あたしは全然、退屈なんかしてないわよ」
「・・・・・・・・・天変地異の前触れでしょうか」
ゼロスの滅多に崩れない笑顔が難しい顔に変わる。
「・・・・なんであんたにそこまで言われなきゃいけないのよ」
「え、いやまぁ・・・・ははははははは」
あたしのジト目にゼロスが乾いた笑いをもらす。
「でも、リナさん。どうして退屈じゃないんです?部屋でじっとしていらっしゃるなんてリナさんらしくないですね」
「大きなお世話。たまにはあたしだって部屋で大人しくしてるの」
「本当にごく稀にですけどね♪」
・・・・・こひつ・・・・やっぱ吹っ飛ばしてやろうかしら。
あたしは思わず手に力をこめる。
「嘘です嘘ですっ!!!・・・・・ホントですけど」
こひつ・・・・・。
「もうっ!あんた邪魔するならどっか行ってよね!」
先ほどまでの気分がゼロスのおかげでだいなし。
精神的慰謝料を払ってもらいたいほど。
「邪魔だなんて・・・僕はただリナさんの傍に居たいだけなんですが・・・・」
「んじゃ、静かに立ってなさい」
「はい」
まるで学校の教師と生徒のような会話を交わしたあたしとゼロスは再び沈黙の中に身をおいた。
窓辺で空を見上げるあたしと、その隣に言葉通り静かに立つゼロス。
やがて。
「・・・・・あ」
あたしは待ち焦がれたものが空から降ってきたのに思わず声を出した。
「雪、ですね」
ゼロスが呟く。
そう、雪。
今日は朝から曇り空で酷く寒かったからきっと降ると思っていた。
だから、今日はずっと部屋に閉じこもって(寒いせいじゃないわよ!)窓から空を見上げていたんだから。
「綺麗、ですね」
「ふーん、魔族でもそう思うの?」
「思うのは簡単です。僕たちはそれが感情に繋がらないだけで」
・・・・・いや、それが一番問題だと思うけど・・・・・・
「リナさんはどうなんですか?」
「あたし?・・・・・・んー、綺麗というよりは、わくわくする」
「わくわく、ですか?」
「うん♪・・・・こうして下から降ってくる雪を見てると羽根が落ちてきてるみたいでしょ」
「・・・・・・」
「で、じーと見てたら自分もその羽根に囲まれて飛んでる気分になるの」
あたしの手は翼になり。
どこまでも。
どこまでも。
自由に飛んでいく。
「リナさん・・・っ」
「ちょ・・・っ」
知らず腕を広げていたあたしにゼロスが抱きついてきた。
「ゼロス・・・・・・っ!!」
「・・・・・行かないで下さい」
「・・・・は?」
「どこにも・・・行かないで下さい」
そのゼロスの言い方があまりに必死で、怒るよりも毒気を抜かれたあたしはゼロスの 頭をぽんぽんと叩いてやった。
「あんた、ホント馬鹿ね」
「・・・・・・」
「あたしの腕が翼にでも変わると思ったの?本当に」
「・・・・・・」
「あたしはあんたたち魔族みたいにほいほい姿形が変えられるわけないんだから」
「・・・リナさんですから」
「はぁ?」
「リナさんは今まで僕が不可能だと思っていたことを悉く突き崩してくださった方ですから・・・・・・わかっていても安心できないんです」
それってちょっとは自惚れてもいい?
あたしの中に悪戯心が沸き起こる。
「それじゃ・・・・・・」
「はい?」
「不安なままでいて」
「リナさんっ!?」
慌てるゼロスが妙に笑いを誘う。
だってそうでしょ?
安心されるより不安なままのほうが・・・・・・・・・・・・
あたしのことが気になる、でしょ?
「だから、ずーと不安なままでいさせてあげる♪」
「リナさんっ!!」
あたしは文句を言うゼロスを背中に空を見上げたのだった。