辿りつきし先 後


 目の前に広がったのは荒涼たる砂漠。
「・・・・・?」
 どこか見覚えのあるような気がするのは・・・・・。
「ここは神殿があったあの場所です。今はもう砂に埋もれ何もありませんが・・・」
 首をかしげるリナにゼロスの声が背後から届いた。
「・・・・・・・・・それで、こんなところにあたしを連れてきてどうしようっていうの?」
「それはリナさん次第です♪」
「あたし次第?・・・・・・何が」
 リナの声が震えているようだったのは気のせいだろうか。


「お互いに誤魔化すのはやめませんか、リナさん」
「・・・・・・」
「何を怯えていらっしゃるんです?・・・・貴女らしくもない」
「怯えてなんかないわよっ!!誰が・・・・・っ!!」
「では、何故気づいていながら気づかれないふりをされるんです?毎夜、あなたの元へ訪れる僕のことを」
「気づかれないような訪問の仕方をするからでしょ!!来るなら正面から来なさいよ・・・・悪趣味」
 語るにおちるとはこのことだ。
 リナはゼロスの訪れに気づいていたということ。
「夜に女性の部屋を無断で訪れるのは失礼でしょう?」
「よく言うわ、今までさんざん問答無用で押し入ってたくせに」
 砂音をたてずにゼロスがリナに近づく。
「それは仕方がありません。僕にとってリナさんは”人間”でしかありませんでしたから♪」
「・・・・どういう意味よ」
「おわかりになりませんか?それともわからないふりを?」
「・・・・・・・」
 真っ直ぐにリナを見つめる紫暗の瞳。
 見つめるとどこまでも深く、底が見えず、魅入られてしまいそうになる。




「あたしは何があったって人間が好き」
 その瞳を見つめ返しながらリナは訥々としゃべりだす。
「はい」
「人間だから食べ物が美味しいし、笑っていられる」
「はい」
「だけど・・・・あたしは人間じゃないからって、差別したくはない。エルフだろうとピクシーだろうと竜族だろうと・・・皆、生きてるから。・・・魔族だって、ね」
「なるほど」
「あんたたち魔族はこんな考えは否定するかもね。でもそれでも構わない。意見が
 あわないのは存在が違うんだから当然。ただ・・・・寂しい、とそう思う。ねぇ、ゼロス」
「何ですか?」



「あんたがあたしにちょっかい出すのは珍しいから?」
「・・・・・・」
「面白いから?」
「・・・・・・」
「退屈しのぎ?」
「・・・・・・」
 ゼロスが笑う。
「・・・・あえて言えば、『全部』でしょうか」
「あんたらしいわ」
「でも、それだけでは無い・・・ようなんですよ」
「ん?」





「人間なんて、過ぎてしまえば記憶から消えてしまう、矮小な存在。僕にとっては
 そのあたりに転がる石と何も変わりません・・・・いえ、『でした』と言い換えるべき
 ですね」
 リナの髪をゼロスの手が梳いていく。

「でも、リナさん。貴女に会い、短いながらも共に過ごし・・・・困ったことに・・・・
 貴女という人は僕の中に何よりも強く記憶されてしまったようなんです」
「・・・・・・・・」
「僕としたことが・・・・・・・・いっそ貴女を殺してしまえばこの記憶を消してしまえるのかと
 考えたこともあります。でも・・・考えれば考えるほど・・・それは嫌なんです。貴女が
 僕の目の前から消えてしまうなんて・・貴女が失われてしまうなんて……。  嫌、なんです」
「・・・・・・・・」
「この思いは何でしょうか?ねぇ、リナさん。僕に教えて下さい」
「・・・・・・・・」



 砂が舞う。
 黄色く視界が煙る。



「あたしは・・・・・・・・ゼロスが」
 
 








  「好き」









「愛してる。たとえ・・・ゼロスにとってこの思いが意味の無いものだったとしてもあたしは後悔しない。だけど」
 

 リナは、はじめて太陽のような笑顔を浮かべた。
 ゼロスはそれに見惚れる。


「・・・あんたの話、聞いてたら後悔しなくてもいいみたいね」
「と言いますと?」
「つまり・・・・・ゼロスも、あたしのこと『好き』なんでしょ?」
「・・・・・・『好き』?」
「そう。あたしのことが気になるんでしょ?」
「はい」
「あたしがゼロスの前から消えるのは嫌なんでしょ?」
「はい」
「それを『好き』、て言うのよ」
「『好き』ですか」
「信じられない?」
「・・・・いいえ」
 覗きこんだリナにゼロスは首を振る。
 この少女は・・・・必要とあればどんな策略でも巡らせるが、こんなふうな時に偽りは告げない。



「僕は・・・・リナさんが『好き』なんですね」
「そう、あたしもゼロスが『好き』なの」
 それが誤魔化さないお互いの気持ち。




「リナさん。何を泣かれているんですか?」
「え・・・」
 ゼロスの冷たい手が頬に触れ、離れていく。
 その指には雫が光る。

「・・・・・だって」
「だって?」
「絶対にゼロスを振り向かせてみせるって思ってたけど・・・でも。本当に賭けだったから。
 叶わなくても仕方ない夢だって覚悟してたから」
「リナさんらしくなく弱気なんですね」
「人間だからね」
「人間だから、ですか」









「ここが僕たちのはじまりの地ですね」
「そうね」
 





 これからどうなるのか。
 どう変化していくのか。
 それは誰にもわからない。




「ただ前に進むだけ」
 


 覚悟を決めたリナは・・・どんな存在よりも美しく気高かった。