数日後。
ゼロスはリナのことが心配で一睡もしていなかった。
もちろん仕事にも行っていない。
彼女が居なければ、もう自分は生きることさえやめてしまうかもしれない。
ただ彼女が元気になることだけを祈りながら、ゼロスは暗く照明のともされない部屋でうな垂れていた。
そして、連絡がきた。
バンッッッ!!!!!!
リナを担ぎ込んできたときよりも一層荒々しく扉が開け放たれた。
「リナさんっ!!リナさんはっ!!!」
「お客さま・・・・もう少し丁寧にしていただければ・・・・」
店主の言葉なぞゼロスの耳には届いていない。
「リナさんはどうなったんですっ!!」
「・・・・・はぁ」
物に動じない店主もさすがにぴくぴくと引きつっている。
「・・・では、こちらへ」
さすがに客商売。
何とか耐える。
案内されたのは、リナとゼロスが出会った温室のような部屋。
「この中にリナさんはいるんですねっ?!」
「少々お待ちを」
ノブに手をかけたゼロスを押しとどめる。
「何ですか・・・まさか、リナさんは・・・・・」
ゼロスの心に最悪な考えがよぎる。
「いえ、プランツは元気でございます」
「それなら・・っ!!」
「いえ、元気は元気なのでございますが・・・・・」
「どうしたんですっ?!リナさんに何かあったんですかっ!!」
「まぁ、何かと申しますとそうなのでございますが・・・・」
歯切れの悪い店主の言葉にゼロスが苛立つ。
「はっきり言ってくださいっ!!」
「・・・・・・・・・」
店主は困ったような表情を浮かべ、口を開いた。
「プランツが・・・あなたにお会いしたくないと申しております」
一瞬、ゼロスの意識は闇にのまれた。
「ど・・・・・・・どういうことなんです」
何とか自分を取り戻し、店主に尋ねる。
だが、口調は震えていた。
「・・・・・・」
「何故、リナさんがそんなことを・・・言うんです・・っ」
「・・・・・・」
「どうしてです!!どうしてなんです・・・っ!!」
店主の腕を掴み、ゼロスは叫ぶ。
「どうして僕に会いたくないなんて・・・・っ!!僕は・・・・・・僕はっリナさんに・・・」
ゼロスが搾り出すように声を出す。
「・・・・・・・・・・・嫌われてしまった・・・・んです、かっ?」
僕はまた、生ける屍にならないといけないんですか。
灰色の・・・・暗闇の世界で死にながら生きなければならないのですか。
”愛する”ことを知った僕の・・・・・心は・・・・どこへ行けばいいのですか。
ゼロスの瞳がぼんやりと曇っていく。
「違いますよ」
「・・・・・・っは?」
「違います、お客様。あなたがプランツに嫌われたわけではございません。プランツがあなたに嫌われるのではないかと恐れているのです」
「・・・・・・・・」
闇に沈みかけた精神をひきもどしてゼロスは店主の言葉を反芻する。
・・・・・・・嫌われていない?
・・・・・・・リナさんが恐れている?
・・・・・・・僕に嫌われることを?
「・・・・たい・・・・一体・・・・どういうことなんですっ!!!」
いい加減浮き沈みにも疲れたゼロスが暗紫色の瞳を見開いて店主にせまる。
答えによっては、ただではすみませんっ!!という殺気を放ちながら。
そんなゼロスの様子に押されることもなく店主は微笑んだ。
「お客様、プランツはあなたにとって何でしょうか?」
「・・・・・?」
リナさんが僕にとって?
「リナさんは・・・・・」
僕にとって、命よりも大事なもので・・・・。
傍にいるとふんわりと心が温かくなり・・・・。
僕に本当の笑顔を教えてくれて・・・・。
もう彼女なしには生きられないほど・・・・大事で・・・・。
あの太陽のような笑顔が僕を闇から救ってくれた・・・・・。
彼女は・・・・リナさんは・・・・・僕にとって・・・・・。
「・・・・・・すべて、です」
「さようでございますか。・・・では、どうぞ中へお入り下さい」
「え?!でも・・・リナさんは会いたくないと・・・?」
「プランツとて時には恐れるのですよ、何よりも大事なものを失うことを・・・・。でも
きっとあなたなら、大丈夫でございましょう」
「・・・・・・ありがとうございます」
ゼロスは店主に頭を下げると、中へと続く扉を開いた。
かつて、リナと出会った場所。
そこには、静かに佇む人影があった。
光にかすむ、その姿はすらりと均整がとれて、腰へと流れる髪は艶やかに輝く。
身長はゼロスよりも、頭一つほど低い。
リナに比べると2倍ほど高いか。
顔はゼロスに背を向けているためにわからない。
「・・・・リナ・・・・・さん?」
ゼロスの呼びかけにその人影がびくりと振るえた。
「・・・・リナさん?」
「・・・・・・・」
「・・・・リナさん」
「・・・・・・」
「リナさん、なのでしょう?どうして返事をしてくださらないんです?」
その人影へと向かい、ゼロスは呼びかける。
「顔を・・・あなたの元気な姿を見せてくださらないんですか?」
じゃり。
ゼロスが敷き詰められた砂利を踏みしめる。
「来ないでっ!!!それ以上・・・・・近づかないで・・・お願いっ」
「リナさんっ!!」
ふるふると肩を小刻みにふるわせて、叫び声に嗚咽が漏れる。
「リナさん・・・・」
「だ・・って・・・あたし・・・もぅプランツじゃなくなっちゃったんだ・・・・も、の」
「それがどうかしましたか?たとえプランツであろうとなかろうとリナさんはリナさんでしょう?僕は『リナさん』を迎えに来たんですよ」
「・・・・って・・・・だって・・・・・・」
「僕は言いませんでしたか?」
「・・・・・・」
「言えというなら何度でも、幾度でも僕は貴女に言います」
「僕は『リナさん』を愛しています」
「・・・ゼロスっ!!」
人影が振り向いた。
そこには涙をぽろぽろと流した、美しく妙齢の女性に成長したリナがいた。
ゼロスは近づき、リナをその腕へと抱きしめた。
「会いたかった・・・会いたかったですっリナさんっ!」
「ゼロス・・・・・あたしも・・・・でも・・・・こんなになっちゃったから・・・・きっとゼロスはあたしのこといらなくなっちゃうんだって・・・思っ・・・て・・・・」
「そんなことあるはずありませんよっ!!リナさんのこといらなくなるなんて世界が滅んでも有りえませんっ!!」
「・・・本当?」
「本当です!!」
「・・・良かったぁ・・・ゼロス」
「何ですか?」
「・・・・・・大好きっ!」
満面の笑顔で言われてゼロスの脳が蕩ける。
「リナさん・・・・こういう時は”愛してる”て言うんですよ」
「愛してる?・・・うん、あたしはゼロスを愛してるっ!!」
「僕もです、リナさん・・・っ」
ゼロスは抱きしめたリナをやわらかく、だがしっかりと絶対に放してやるもんかっとばかりに腕の中に捕らえる。
そしてリナの顎をとらえて上向かせると、その薔薇色の唇へとそっと口づけた。
「ところで、リナさん」
「なぁに?」
「どうして成長されたんですか?」
「え、とねぇ・・・・お店の人が言うにはプランツはミルク以外の物をとると少女から大人に成長してしまうことがあるんですって。あたしもそれだったみたい」
「成長です、か・・・」
「うん。・・・あたし、変?」
リナが不安そうにきょろきょろと自分を見回す。
「いいえぇっっ!!!!」
ゼロスが、おい飛んでいくぞ?と言わんばかりに首を横に振った。
「とんでもないっ!!変どころか・・・・とってもお美しいですよvv」
あの小さなリナさんが、こんなに大きくなって。
今まで我慢していたあ~んなことやこ~んなことだって出来ますよねっ♪
「・・・ゼロス?」
「はっ」
ついつい妄想を爆走させてしまったゼロスはリナの言葉に我にかえる。
「リナさんが、元気になって良かったですvv」
「うんっ!!これでもう普通に食事しても倒れることないんですって!!美味しいものいっぱい食べるからねっ!!」
「そうですね♪一緒に美味しいものを食べに行きましょうね!!」
もちろん、ゼロスはこの言葉を後に死ぬほど後悔することになる。
だが。
「さぁ、帰りましょうか我が家へ。リナさん♪」
「うん、ゼロス♪」
二人は幸せなのだった。