「はい、あ~んvv」
「あ~ん」
リナの口に銀製の飾りも美しいスプーンが運ばれる。
スプーンの中身はもちろんミルクだ。
最近のリナのお気に入りはスープ皿に入れてもらったミルクをゼロスに飲ませてもらうこと。
ゼロスも、朝・昼・夜と毎日繰り返されるその動作を嫌な顔どころか嬉々として行い、その時間が近づくとそわそわしはじめる。
「・・・おいしいですか?」
「うんっ!!」
プランツにとって何より大切で必要不可欠なのは『愛情』。
リナはゼロスの愛情を受けてますます美しく可愛くなっていくのだった。
「では、リナさん。僕はお仕事に行ってきますから少しの間留守番をお願いします」
現在、ゼロスは闇の稼業からは足をすっぱりと洗い、何と銀行に勤めている。
外見は人並み以上ににこにこと愛想のいいゼロスであるから、心の中でどんな悪逆非道なことを考えていようと業務には関係ないため結構、性にあっていたりするらしい。
「いつ帰ってくるの?」
「お昼には帰って来ますよ」
これもいつものやりとり。
でもリナはいつも寂しそうな顔をしてゼロスを見つめるのだ。
そして、ゼロスは心配して2回に1度は外出するのをやめてしまう。
「大丈夫ですよ。ちゃんと帰ってきますから。一緒にお昼はお食事をしましょうね」
ゼロスが安心させるように微笑みそう言うと、リナは掴んでいたゼロスの服の裾
を開放した。
「では、行ってきます。リナさん」
ちゅっ。
リナの頬にキス。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
そしてゼロスの頬にキス。
新婚家庭顔負けのそんな朝の情景だった。
だが、少しだけ今日の朝は違った。
ゼロスが仕事にでかけた後、一人になったリナは先ほどまで居たダイニングに戻るとそこに、・・・・・・・朝食を発見したのだ。
いつもなら片付け出て行くはずのゼロスが、リナのことばかりが頭にあって忘れていたのだ。
それをじっと見つめるリナ。
きつね色した細長い物体・・・・(ポテト)
艶々した赤色の丸い球・・・・(プチトマト)
ぺっちゃんこのお日様・・・・(目玉やき)
香ばしい匂いを漂わせる丸い塊・・・・(唐揚げ)
ふわふわと湯気のたつ白いご飯・・・・(これは知っていたらしい)
ぐるるるるぅぅぅぅぅ~~~~
リナのお腹が鳴った。
「・・・・・・おいしそう」
そしてじっと見つめ続ける。
「ゼロスは絶対に食べちゃいけないって言ったけど」
あれ・・・・絶対に美味しいし・・・・。
「・・・・お腹空いてるし・・・・」
リナの頭からは先ほど食事をしたという事実は抹消されているらしい。
「ちょっとなら・・・・・大丈夫よねっ♪」
全然大丈夫ではない。
だが、いつもならゆるむ顔を死ぬ物狂いでしかめつつ駄目だと言うゼロスは不在だった。
リナはちょこんと椅子に座ると手をあわせた。
「いただきますっ♪」
「リナさんっ!!」
嫌な予感がしたゼロスは仕事に行く途中で引き返してきたのか、額に汗が流れていた。
「リナさんっ!!」
いつもならば呼べば、小さな足を一生懸命に動かして駆け寄ってくるはずのリナが出てこない。
ゼロスの不安はいや増す。
もしかするとお腹が一杯になって眠っているのかもしれない。
そんな可能性を祈る。
だが、往々にして世の中悪い予感のほうがよく当たる。
そしてリビングに倒れているリナを見つけて白皙の容貌が真っ青になった。
「リナさんっ!!リナさんっ!!!いったいどうしたんですかっ!!」
必死に呼びかけるゼロスの声にもリナは反応しない。
触れた、肌は・・・ほんのりと朱色だったのに・・・冷たく白くなっている。
「リナさんっ!!!!!」
このまま貴女を失ってしまうんですかっ!!
僕はまた・・戻らなければならにのですかっ!!あの暗闇にっ!!
どうしたら・・・どうすればいいんですっ!!!!
「リナ、さんっ」
その時、動転していたゼロスの脳裏にめがねをかけたにこやかな店主の姿がかけぬけた。
「そうです・・・・・そうっ!!あの人ならきっとっ!!!」
ゼロスはリナを揺らさないように慎重に抱き上げると、リナとゼロスの出会ったあの店へと身を翻した。
バンッ!!!!
「失礼しますっ!!!」
とてもゼロスとは思えないほどの扉の開け方をして店内へと飛び込んだ。
「おや・・・?いつぞやの?」
そんな大慌てなゼロスにも構わず店主はマイペースだった。
「リナさんが・・・・っ大変なんですっ!!!!いきなり倒れて・・・・・ずっと目を覚まさないんですっ!!!」
「まぁまぁ、それは・・・・まずはお茶でもどうぞ」
「お茶なんか飲んでるときじゃありませんっ!!リナさんの一大事なんですっ!!
一体原因は何でしょうか!!どうすればリナさんは目を覚ますんですか!!」
「大丈夫です、プランツに死はありませんから。まずは落ち着いて状況を話していただけませんか?」
店主の言葉にようやく我をとりもどすとゼロスは、進められたソファに腰掛け、リナは寝台へと寝かした。
「・・・・・帰ってきたら、もうリナさんは倒れていたんです・・・・ほんのちょっとの間でした・・・・それまではとても元気だったのに・・・・いったいどうしたんでしょうか?」
「・・・・・そうですねぇ」
こくり。
店主は茶を一口飲んだ。
「見ますところ・・・・」
「ところっ?!」
ゼロスが店主に迫る。
「どうやら、プランツはまたミルク以外のものを口に入れたようですね」
「・・・・・・・。ええぇぇっ!!!!」
驚きにゼロスは目を見開いた。
ゼロスはリナが一度人間の食べるものをとって危機に陥って以来、かなりそのことについては注意していたはずなのだ。
「何かお心当たりはございませんか?」
「・・・・・心当たり・・・・・・・・はっ!」
ゼロスの脳裏にテーブルの上の食事がよぎった。
「もしかして・・・・・僕が片付け忘れた朝食を・・」
「ああ、きっとそれですね。食べてまだあまり時間は経っていないようですから」
店主の物言いはどこまでも明るい。
「僕のせいで・・・・リナさんはっ!!リナさんはどうなるんですっ!!」
「そうですね・・・・プランツに人と同じ食べ物を食べさせた方は前にもいらっしゃいましたが・・・・・1度は元通りになりましたが」
「一度は・・・・では・・・」
「ええ、二度目は・・・・・」
ゼロスは目の前が真っ暗になった。
リナさん・・・・貴女を失ってしまうなんて・・・
呆然と寝台に静かに横たわるリナを見つめる。
「ただ、プランツにも個人差がございますので、もしかすればということもございます」
「リナさんは・・・・元気になる・・・と?」
「僅かな可能性ではございますが」
「お願いしますっ!!!どんなにお金がかかっても構いませんっ!!リナさんを元通りの元気のいいリナさんに戻してあげて下さいっ!!!」
僕はリナさんを幸せにすると誓ったんですからっ!!
「かしこまりました。では、メンテナンスには数日かかると思いますがよろしいでしょうか?」
「はい・・・・リナさんを、リナさんをお願いしますっ」