嫉妬


 
 森を襲った爆発音の後、大量の鳥がばさばさっと空に飛び立った。
 ちぎれた羽根が、足元に舞い落ちる。


 森の奥深く、開けた場所に古ぼけた遺跡があった。
 そこにはただならぬ緊張感が張り詰めている。
 遺跡を背後に守るように立つのはこの国の騎士たち。
 その騎士たちに向かうのは漆黒の神官服に身を包んだ者。
 彼の顔には・・・笑顔が浮かんでいた。
 だがその足元には、こときれた4,5人の騎士が無造作に転がり、舞い落ちた羽根を朱に染めている。
 
 「どうしました?もう終わりですか?」
 「だ、黙れっ!!」
 騎士の一人が男に向かい、剣をふるった。
 
 カンッ!

 その剣は男の持っている錫杖に、軽く受け止められる。
 「ぐっ・・・!」
 「この程度の力では・・・・お相手になりませんよ」
 カシャン!
 錫杖の一振り。
 騎士は後ろへ突き飛ばされた。
 「火炎球!!!」
 呪文によって生み出された火炎が男に向かう。
 ・・・・・だが、男の前にそれは音もなく消滅した。
 「・・・・・・あの方の呪文と比べると微弱なものですね」
 呟き、空を見上げた男に、騎士たちが一歩ひいた。
 
 シュンッ!

 「・・・・・っな!!!」
 男の姿が突然に目の前から消滅し、驚く騎士たち。
 
 「こちらですよ♪」
 背後に生まれた気配。

 ドスッ!
 ガシャンッ!
 バキッ!!

 目で追いきれない速さで錫杖が、突き払われる。
 
 再び男の足元に転がる騎士たち。
 
 「貴様っ!!いったい何者だっ!!!」
 「何ゆえに遺跡を狙うっ!!」
 
 「僕ですか?通りがかりの・・・ただの謎の神官です♪」
 「ふざけるなっ!!」
 「いえいえ、僕はふざけてなどいませんよ」
 にこにこと変わらず笑顔を振り撒く。
 
 「でも・・・そろそろお相手するのも飽きてきましたね」

 男の瞼があがり、暗紫色の瞳がのぞいた。
 騎士たちの背筋に悪寒が走った。
 隠し切れない恐怖が顔にやどる。

 ・・・・・・・・・その感情を相手が食っているとも知らずに。

 「では・・・・・」
 騎士たちが身構える。





 「ゼロスっ!!」
 

 叫ばれた名前に男の体が止まった。
 その場にいた者たち全てが声のした方を振り向く。
 
 そこには、艶めいた栗色の髪を持つ一人の美しい少女。
 一際強い輝きを持った紅の瞳は、錫杖を持った男にそそがれていた。
 
 「いい加減にしときなさいよ、ゼロス」
 「リナさん・・・・何故ここへ?」
 男の冷たい雰囲気は払拭され、とまどいの表情が顔に浮かぶ。
 「いきなり、街の中で姿が消えたと思ったらこの爆発音だもん。気づかないわけないでしょ!!」
 「え、と・・・・僕が居ることお気づきだったんですか?」
 「当たり前でしょ!あたしを誰だと思ってんの。美少女天才魔道士と名高いリナ=インバースよっ!!」
 「は、はぁ・・・・」
 男は笑顔を浮かべてぽりぽりと頬をかく。
 「とにかく!!いい加減にうさばらしにそのへんの人間にちょっかいかけるのやめなさい」
 
 「うさばらし・・・・?」
 男と少女の会話を聞いていた騎士たちご一行が呟いた。
 
 「う、うさばらしだなんて、そんな・・・・ははははは・・・僕がそんなことするわけないじゃありませんか」
 誤魔化すように笑う。
 「嘘です!!」
 少女の後ろから声がした。
 とうっ!と男に指を突きさし、声をあげる。
 「ゼロスさんっ!!騎士姿の男がリナさんの肩に手を置いたの見ましたね!」
 「うっ・・・」
 「妬いたんでしょうっ!!」
 「・・・・・・・」
 「ずばりゼロスさんの今の行動は・・・八つ当たりですっ!!!」
 ぐさっ。
 「・・・・・・・・」
 図星をさされた男は笑顔を固まらせた。
 
 「弱い者いじめもほどほどにしなさいよ」
 「・・・・・・・・・・・・・リナさんには言われたくないような・・・・・・・・」
 「何よ?」
 「い、いえっな、何でもありませんっ!!」
 「ほら、行くわよ」
 「え・・・・?」
 「姿隠してついて来るくらいなら最初から一緒にいればいいでしょ!」
 「・・・・・よろしいんですか?」
 「駄目なら誘ってないわよ」
 少女がわずかに頬を朱に染めた。
 「リナさん・・・」
 「それに誰かがあたしにちょっかいかける度にこんなことされたら、後始末が大変でしょっ!!そのくらいなら傍に居たほうがマシよ!」
 「はい、すみません。リナさん♪」
 男は照れる少女に笑顔を浮かべる。
 だが、その笑顔は先ほどのはりついたようなものではなく、この少女が愛しくてたまらないと、語るような・・・笑顔。
 「リナさん・・・」
 「何?」
 「好きですよ」
 「な・・・・っ何を・・・・っ!!」
 真っ赤になった少女をぎゅっと抱きしめる。
 腕の中でじたばた暴れていた少女も、放してもらえないことに諦めて大人しく抱かれる。
 男から・・・・嫉妬は消えうせていた。
 そして、男には自分が仕出かした事はすでに頭の片隅にも残っていなかった。
 


 当然、後始末は、黒髪の少女と岩肌を持つ青年にゆだねられたのだった。



 「いい加減にして欲しいのこっちですよね」
 「まったくだ」
 二人は文句を言いながら怪我をした騎士たちの治療に専念するのだった。