泡沫の末裔 後


 「獣王さま?!」
 「獣王!!」
 
 「リナちゃんが噂してるから来てみたら、2人で私の悪口言ってるんですもの」
 「ぼ、僕は言ってません!!」
 かなり必死で否定するゼロス。
 やっぱり上司には逆らえないらしい。
 「悪口も言いたくなるわよっ!!誰のせいであたしがこんな半魚人になったと思うのよっ!!」
 「リナさん、半魚人ではなく人魚・・・・」
 「あら、よく似合ってるわよ」
 「・・・・・・・あんたたちやっぱり上司と部下ね」
 同じセリフを言った獣王とゼロスをみやる。
 「それにしてもリナちゃんは『人魚姫』なわけね~」
 「・・・・・・・は?」
 獣王の意味不明な呟きに疑問を浮かべたリナ。
 「あら、ゼロスから聞かなかったの?あの薬は飲んだ者の最も心に残る御伽噺の主人公になる、て」
 「・・・・・・・・・聞いたけど、それに何の意味があるわけ?」
 「楽しいじゃない♪」
 「・・・・楽しくないわよっ!!!」
 リナの尻尾がぺしぺしと寝台を叩く。
 「かわいい~!ねぇ、リナちゃんうちに来ない?」
 「・・・・・嫌」
 「リナちゃんが側にいたら退屈しなくていいと思ったんだけど」
 (あたしはオモチャか・・・?)
 「もうっ!!これ元に戻して!!」
 空腹を抱えてリナはキレそうだった。
 「そうねぇ、でもリナちゃんだったら桃太郎とかだと思うんだけど、人魚姫とは意外だったわね~」
 「そうですね~」
 外野と化していたゼロスが参戦する。
 「何か悲しい恋でもしてるのかしら?」
 「リナさんが・・・・・恋?!」
 ゼロスが天変地異の前触れか、とでもいった様子で目を見開く。
 「・・・・何か文句あるの、ゼロス?」
 「い、いえいえ、とんでもありません!」
 「でもいったい誰に恋してるのかしら?」
 「・・・・・言う必要はないわ」
 ほんのりと頬を朱に染めてぷいっと向こうをむく。
 「かわいい~っ」
 「かわいいですっ」
 「・・・・あんたたちねぇ」
 リナは頭を抱えた。
 (何か・・・頭痛がするわ・・・・)
 「リナさん?・・・顔色が悪いようですが・・・・」
 「あんたたちが疲れさせるようなことするからよ・・・・」
 「それにしては・・・・・」
 「脱水症状ね。今のリナちゃんは人間よりも魚に近いし、ずっと水分補給してないんじゃない?ゼロスもそのくらい気づきなさいよ」
 「すみません・・・」
 「・・・・・・・元はといえば全部あんたのせいなんだけど」
 
 どぼんっ!!

 「けほっごほっ!!な、何すんのよっ!!」
 いきなりに水の中に移動させられたリナは盛大に抗議する。
 「あら、気分は良くなったと思うのだけど?」
 (そういえば・・・頭痛がなくなってるわ)
 「ところでここどこ?」
 「ふふふ・・・群狼の島の近くの湖よ♪」
 「いや~~っ!!早く元の場所に戻してよっ!!!!」
 「嫌よ~これで私はいつでもリナちゃんの所に遊びに来れるし、ゼロスも顔を出せるでしょ」
 「それはいいですね~」
 
 「絶対に嫌っ!!
 
 リナの剣幕に獣王とゼロスが目を点にした。
 「え、あ・・・・」 
 二対の眼差しに見つめられて我を取り戻したリナは慌てて口を閉じた。
 「・・・・そんなに嫌がられるなんて私ちょっと傷ついちゃうわ~」
 「僕もです、獣王さま」
 「・・・・・あたしなんかに嫌がられても何ともないでしょ。どうせあんたたち魔族は人間なんて、塵ほどにも思ってないんだろうし」
 リナの髪から滴り落ちる水滴が頬を伝い、まるで涙を流しているように見えた。
 「あら、リナちゃんは特別よ」
 「ええ、リナさんを普通の人間と比べるなんて失礼ですよ」
 「・・・・・・・・・・どういう意味?」
 聞きようによっては、大いに怒れる言葉である。
 「言葉そのままです。貴女は『特別』な方です」
 「・・・・あの呪文を使えるから?」
 「ええ、でもそれだけではありません。・・・・どうしてかリナさんの傍にいると、僕は僕でいられなくなるんです・・・」
 「・・・・・・・」
 水の中に浮かぶリナにゼロスが近づく。
 手を伸ばし、リナに触れると波紋が広がった。
 「貴女に手を触れるだけで・・・体が熱くなる・・・何故、なのでしょうね」
 「・・・・・・・嘘」
 「嘘ではありません・・・僕たち魔族は嘘はつきませんよ・・・逃げないで下さい!」
 身をひるがえして泳ぎ逃げようとするリナを捕まえる。
 「リナさん、貴女は僕が嫌いですか?」
 「・・・・・・・・」
 リナはゼロスの紫色の瞳に見つめられ目を伏せた。
 伏せられた瞼から、透明な雫が水面に落ちる。
 「リナさん・・・」
 リナの額に、柔らかな感触。
 
 「リナさん、好きです。僕は貴女を人魚姫のように泡になどさせません」
 ゼロスのその言葉に伏せられていた面をリナがあげた。
 「・・・・本当に?」
 「本当です。赤眼の魔王様に誓って・・・・」
 「・・・・だったら・・・・・あたしに・・・・・真実の口づけをちょうだい」
 「ええ、喜んで・・・・」
 微かに触れるだけの口づけ。
 しかし、それは”真実”の口づけ。
 
 リナの眼の前にぱぁぁと光が乱舞した。
 

 「・・・・・・・・あ」
 「どうしました、リナさん?」
 「足が元に戻ってる・・・」
 
 「人魚姫は恋が叶えば人間になれるからよ」
 「「あ・・・っ」」
 獣王の存在を完全に忘れていた二人は横入りの言葉にそれを思い出した。
 「どいやら私は邪魔者みたいね~」
 獣王の言葉にリナが見事に顔を朱に染めた。 
 「ゼロス、リナちゃん絶対にものにしなさいよ」
 「はい、わかりました」
 「な・・・・っ!」
 「私、娘て欲しかったのよね~ん~今から楽しみだわ♪」
 「ちょ・・・」
 (もしかして、罠、全部罠だったの?!)
 リナはゼロスに抱かれたまま混乱する。
 しかし、もう遅い。
 
 「リナさん、覚悟してくださいね♪」
 (覚悟?覚悟・・・て・・・・・・)
 リナの頭はぐるぐるまわる。
 




 泡にはならずに済んだけれど、王子ではなく魔法使いに捕まった人魚姫。
 それでも恋の叶った人魚姫は幸せだった。