泡沫の末裔 前


 「ゼロスっ!!」
 シーーーーン・・・・
 「ゼロスっ、ゼロスっ、ゼロスっぅぅぅっっ!!!」
 少女の声が虚空に向かって放たれた。
 ・・・・がそこには何もないのだが・・・・・・・・・
 
 「何なんですか?今お仕事中だったんですよ?」
 その何もない空間から闇が現れた。
 「いるんなら、呼んだらすぐに出てきなさいよっ!!!」
 「・・・・居ないかもしれないのに呼んでたんですか、あなたは・・・・」
 「居たんだからいいじゃない」
 どこまでも誰にでも我が道を貫く、リナ。
 しかし、今。
 彼女の瞳には怒りとともに多少の焦りの色がみえた。
 
 「これ、あんたの仕業でしょう!!さっさと元に戻しなさいよっ!!」
 リナがこれこれと、寝台の上でぴちぴちと跳ねている尻尾を指差してそう言った。
 
 「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 「は?じゃないわよ、は、じゃっ!!こんなことするのあんたの他ないじゃないのよっ!!」
 怒るリナが振り上げる手につられて再び尻尾がぴちぴち跳ねる。
 鱗が光に反射して綺麗である。
 
 「酷いですよ~リナさん!!僕は誓ってリナさんにそんなことはしません!!!
 だってそんなことしたら×××や△△△なことが出来なくなるじゃありませんか!」
 
 みきめしっ!

 リナの拳がゼロスの顔に炸裂した。
 


 


 
 さて、復活したゼロスの前に、腕をくみ、腰から下を『魚』と変えたリナが憤懣やる
 かたないと睨みつけていた。
 「さっさと元に戻しなさいっ!!」
 「いえ、ですから僕じゃないんです、て。僕は無実です!!この目を見てください!」
 じぃぃぃぃぃっっっ。
 紫色の瞳が妖しく光っている。
 「やっぱりあんたね」
 リナははっきりくっきり言い切った。
 「しくしくしくしく・・・・・」
 「ほら、泣いてないで何とかしなさいよ!あんたなら出来るでしょ?腐っても魔族なんだからっ!」
 「あの・・・・僕は腐っては」
 「い・い・か・ら!!これじゃあ外も出歩けないし、食事にも行けないのよ。不便で仕方ないのっ!!」
 「は、はぁ・・・・」
 ぽりぽり。
 リナの剣幕にちょっと冷や汗を流しながら顔をかくゼロス。
 「でも、僕もちょっと簡単には元に戻せそうにないんですが・・・・」
 「何でよっ!!」
 「これ・・・・・何か魔法をかけられた、というわけでは無さそうですので・・・・」
 「じゃあ、どういうことなのよっ?!」
 「リナさん。・・・何か心当たりありませんか?」
 「あるわけ・・・・」
 言いかけてちょっと途切るリナ。
 何かを思い出すような眼差しになった。
 空を見据え、窓の外に目をやり、・・・やがてぽんっと手を打つとゼロスに視線を戻した。

 「そう言えば昨日、魔法店で・・・・『誰でもなれる!御伽噺のヒロイン☆』ていう薬をタダでもらって・・・・・飲んだ」
 「・・・・・・・・。リナさん・・・・・いくら何でもそんな怪しげな薬を、タダだからといってほいほい飲まないで下さいよ・・・・」
 「・・・・・・・悪かったわね」
 さすがのリナも弱弱しい口調である。
 
 「でも・・・結構お似合いですよ、それ」
 「・・・・・・んなこと褒められて嬉しいとでも思ってんの?」
 「う、い、いえ・・・・(汗)」
 「とにかくっ!!どうにかしないとね・・・・。まずはあの魔法店をしばきに行かないとね・・・」
 リナの半眼が鋭い色を帯びる。
 ビームでも発射しそうだ。
 「どうやって行かれるんです?その足(尻尾ですが)では無理でしょう」
 「そのためにあんたがいるんじゃないっ!!さぁ、連れて行って♪」
 「しくしく・・・・・ゼラス様・・・・・僕はリナさんの完全なアイテムですぅ」
 「何今更のことを言ってんの、あんたはあたしの便利なアイテムその3だって言っておいたでしょう。呼んだら来るってところがまた便利♪」
 「・・・・・・・・・・・わかりました」
 諦めの口調でゼロスは言うと、リナを抱き上げた。
 「ちょ・・・ちょっと変なとこ触らないでよっ!!」
 「いやっ、あの・・・変なところと言われましても・・・僕にはどこが変なとこなのか
 判断がつきませんよっ!」
 何しろ、下半身は鱗で覆われた尻尾なのだから。
 「あたしが変なとこ、て言ったところが変なところなのっ!」
 「・・・・・・・・・」
 ついにゼロスは言葉を失った。
 リナの勝利である。

 

 「ここよっ!ここっ!!」
 リナが指差した魔法店はどこにでもあるようなレンガ造りの建物だった。
 「ここ、ですか?」
 「そうよ」
 ゼロスにお姫様だっこされているリナがこたえる。
 ついでに尻尾の部分には布がかけられ、一見したところは足の悪い少女な感じに見えるようにした。
 
 カランコロン・・・。

 「はーい、いらっしゃ・・・・」
 にこやかに手をすり合わせて出てきた親父がリナの顔を見て固まった。
 そして、慌てて身をかえして逃げ出す。
 「ゼロスっ!逃がさないでっ!!」
 リナの声に、近くのソファへ素早く(しかし丁寧に)リナの体を下ろすと、空間をわたり店主の目の前に立ちふさがった。
 「どうも申し訳ありませんが、あなたに逃げていただくと僕がリナさんにいじめられちゃいますから」
 「す、すまんっ!!お、俺が悪かった!見逃してくれ!!」
 店主が土下座して謝る。
 ずり。
 ずりずり。
 「い゛・・?!」
 何の音かと顔をあげた店主の目に映ったのは尾をひきずり、険悪な表情でせまって
 くるリナだった。
 「ま、まっ・・・・」
 どがぎっ!
 べごっ!
 げしぃぃっっ!!!
 「見逃せるわけないでしょうがぁぁぁっっっっ!!!!!!!」
 ・・・・・・もっともである。
 





 「で、いったいあの薬は何だったわけ?」
 ぐるぐるの簀巻きにして、さんざんぼこぼこに殴られた店主の顔は2倍に膨れて半泣き状態である。
 「は、はひ・・・あの薬は・・・旅の行商が置いていったものなんです・・・」
 「はぁ?」
 「ほ、本当なんです!!『旅の途中なのだが路銀がつきてしまって困っている。
 これを売るので買ってもらえないか』と」
 「それで?」
 「私も商売人なので、色々な品物を見とります。だがその行商が差し出した薬・・お嬢さんに売ったものですが、今まで見たことのないものだった。それで聞いたんです。これは何の薬なんだ、と」
 それで、とリナがうながす。
 ソファに無造作に横たわるリナは、姿が姿なのでじっとしていれば高価な装飾品のように見える。
 「そうすると行商人は、『これは御伽噺を実際に体験することのできる薬。飲めば己が最も心に残っている話をうつす』・・・そんな薬、聞いたこともないというと、その行商人は試してみろと言ったんだ・・・・」
 「・・・・・・どうやって?」
 「・・・自分で飲むのが嫌なら他の人間に飲ませてみろ、と・・・・・・」
 「それで・・・・・もしかしてあたしを?」
 リナの背後に雷光が落ちた。
 ひえぇっと店主がずりずりと後ろにさがっていく。
 
 ふ、ふふふふふふふ・・・・
 「さぁ、言いなさい!!そいつはどこに行ったの?!どうせそのへんにまだ居るんでしょう!!!」
 がくがくゆさゆさと首ねッこを掴んで店主を脅すリナ。
 「そ、それが・・・っ・・・・ふいっと・・・姿を・・・消して・・・・・しまいましてっ」
 「だーっ!!もうっ騙された、てわけね!!」
 「いや、別に損はしてませんし、騙されたという・・・」
 「うるさーいっっ!!さっさと人相言いなさいよっ!!追いかけるから!!」
 ぜーぜーぜー。
 「え、と・・・全身黒の服を着て・・・確か・・・杖を持ってました」
 「杖、て・・・そんな老人なわけ?」 
 「え、いや・・・年は若そうに見えましたが・・・・それから髪は肩ぐらいで揃えてましたね・・・・」
 「・・・・・・・・それで?」
 「妙に愛想が良くて、にこにこ笑ってましたが・・・ちらっと覗いた目が・・・紫で・・・
 何となくぞっとしたのを・・・・」
 がしっ!
 リナの視界から遠ざかろうとする黒衣を掴む。
 「・・・・何、逃げてるのかな~ゼロス君?」
 「え、いや・・・逃げるだなんて・・・は、ははははははは・・・いやですね~リナさん
 何をそんなに恐い目をしてらっしゃるんですか・・・は、ははははは」
 たらーと額から汗が流れている。
 「それってこいつ?」
 リナはゼロスの首を締めながら店主の眼前にさしだした。
 「ああ、そうです!!」
 「やっぱり原因はお前かぁぁぁっっっ!!!!!!!!」
 
 ゼロスはぼこぼこにされた。

 
 
   
 「まったく・・・・」
 ゼロスに抱いてもらって宿に戻ったリナはため息を漏らした。
 「自分じゃないって言ったくせに・・・」
 「いや~まさかリナさんが実験体にされているとは夢にも思っていなかったものですから・・・・」
 先ほど、リナにぼこぼこにされた名残もとどめずゼロスはぽりぽりと頬をかく。
 「でも、これであたしも元に戻れるわね」
 一安心と言うリナにゼロスも笑顔で答えた。
 「無理です」
 こけけぇぇっ!!
 「何でよっ!!」
 「それは僕が作った薬ではありませんから」
 「だったら誰が?」
 「獣王さまです♪」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・暇なの?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
 どうやら、ゼロスも苦労しているようである。
 「いくら僕でも獣王さまの作られた薬を無効にさせる力はありませんから」
 「じゃあ、ずっとあたしにこの半魚人な格好でいろと?」
 「いやですねぇ、リナさんのは人魚と言うんですよ♪」
 「どっちでも同じよっ!!」
 「いえいえ、半魚人というのは体の上が魚ですから」
 「・・・・・・・・・・」
 どんどん論点がずれていく。
 「話を逸らそうとしても駄目よっ!!こんなになったのはあんたの責任なんだから何とかしなさいっ!!!!!」
 「何とかと言われましても・・・・獣王さまにお聞きしないかぎり」
 「じゃあ聞いてきて」
 「それが、獣王さま・・・・家出なさってまして」
 べたんっ!
 リナが寝台から落ちた。
 「家出・・・て・・・・・・魔族が?」
 「はい。たまには息抜きも必要、と仰いまして・・・」
 「・・・・・・・・・それで家出?」
 「・・・・・・・・・・」
 ゼロスが困ったように肯く。

 「・・・・獣王の馬鹿ァァァッッッッ!!!!!」
 リナが絶叫した。
 


 「まぁ、失礼ね」