〔嵐 編〕2


 朝の約束を実行するべくゼロスはリナを連れて遊園地にやってきた。
 休日ではないのだが、やはり出来たばかりということで相当の人出だった。
 そして、どこにいても目立つゼロスとリナの2人は人々の好奇の視線にさらされていた。
 
 ・・・・・・・鬱陶しい。
 久しぶりとのリナとの外出というのにこれでは楽しむことも出来ない。
 リナに向けていた柔和な笑顔をがらりと変化させて冷酷な眼差しで周囲を貫く。
 そんな視線に人々は一瞬身を固くすると慌てて目を逸らす者、そのばから逃げ出す者などあっという間に2人の周りから人の気配は消えた。

「ゼロスぅ、最初はあれね、あれ」
 リナが無邪気に指差すのはこの遊園地の最大の呼び物の一つである、全長10km、最大速度時速250キロというジェットコースターだ。キャッチコピーは「世界一危険な乗り物」。
 何しろ普通のジェットコースターとは違い、安全のための身を守るガードがついていないのだ。
 つまり乗る者は、自分自身で身を守らなくてはならないのだ。
 万が一のため乗る前に宣誓書まで書かなくてはならない。
 『何事が起こっても一切責任を追及しません』
 それが宣誓書の唯一の内容である。
 リナが乗りたいと言い出したのはそんな物騒極まりない代物。
「リナさん、もっと別のにしませんか?」
 ゼロスがそう言わずにはいられないのも無理のないところだった。
「嫌。あれがいい」
「・・・・・・・・・・・危ないんです」
「ゼロスがいるじゃない」
「・・・・・・・・・・・・・。わかりました」
 やはりリナにとことん甘いゼロスであった。
 
 
「では、しっかり捕まっていて下さいね」
 ゼロスの言葉に腕の中にいたリナは緊張の面持ちで肯いた。
 
 『カウント・・5・・・・4・・3・2・・・・ゴーッッ!!』

 スタートからわずか5秒で最高速度に達したそれは、しばらくそのままの速度でレールの上を走りつづける。
 まさに悲鳴をあげる余裕もない。
 ゴォォォという風をきる音の他に何の音もないというところがその凄まじさを物語る。
 
「リナさん、大丈夫ですかっ!!」
「うんっ!すっごい楽しい!!」
「・・・・・・・・・」
 リナの返答に思わずひきつるゼロスだった。




「リナさん・・・・そろそろ・・・・お昼にしませんか?」
 ゼロスが疲れ果てたようにそうリナに提案した。
 リナはかなりこのジェットコースターが気に入ったらしく・・・・7回ほど往復していた。
 おかげでリナの髪の毛は色々なところが跳ね帽子もずれている。
 それをゼロスはかいがいしく直している。
「・・・・そうね。丁度お腹も減ってきたし」
 その言葉にゼロスはそっと心の中で安堵のため息をついた。



「あ、リナさん・・・」
 ゼロスがリナの唇の端にこぼれたミルクをハンカチでふき取る。
「ありがと」
「どういたしまして」
 にこにこにこ。
 ゼロスは体のすみずみまで幸せを感じていた。
「ゼロス、ていつも笑顔なのね」
「そうですか?」
「うん」
「きっとリナさんと一緒にいられて幸せだからでしょう」
「・・・・ばぁか」
 照れてぷい、と顔をそむけるリナが愛おしい。
「リナさん・・・」
「・・・・・・」
「リナさん?」
 返事を返さないリナにすねているのかリナの顔を見ると、一点をみつめて固まっていた。
 ますます困惑するゼロス。
「リナさん、どうされたんです?」
「・・・・・・・・」
 しかしゼロスには答えず、リナは呆然と何かを見つめている。
 不審に思ったゼロスはその視線の先をたどった。


「・・・リ・・・・ィ・・・・」


 リナの口から擦れた声が漏れた。
 視線の先には・・・・・・・・・。
 
 一人の男。
 太陽の光を浴びて輝く黄金の髪。
 今日の空のような晴れ渡る蒼の瞳。
 
 何もかもがゼロスとは反対だった。


「・・・・ガウ・・・リ、ィ・・・」
 もう一度リナが呟く。
 
「・・・お知り合い・・・なのですか?」
 馬鹿なことを聞いてしまう。
 リナはゼロスと出会うまでずっとあの店で眠り続けていた。
 そのリナに知り合いなど居るはずも無い。
 

 最悪の予感。

 
 あの店でリナはずっと待っていた。
 誰かを。
 愛し愛されるに値する、『誰か』を。
 
 それは・・・・・・・・ゼロスでは無かったはずだ。

 ひたすらその人間を見つめ続けるリナにゼロスは声がかけられない。
 その一瞬の時間は・・・・・・永遠にも等しかった。
 

 恐怖と不安と焦燥・・・・嫉妬。
 あらゆる負の感情がゼロスの内を巡る。
 
 
 そして、男の瞳がリナの瞳と交わった。

「・・・・リナ」
 
 男の口は確かにそう紡いだ。
 ゼロスしか知らぬはずのその名を。


 衝撃に目の前が暗くなった。