between the sheets


たった今扉を開けて入ってきた男に視線が集まった。
まず、男の服装に。

男の服装はこんな裏街の酒場でお目にかかる代物ではなかった。
・・・・・神官服、なのだ。
色が漆黒であるのが唯一の救いだろうか・・・・・。

そして、次にその容貌に目が移る。
肩で切りそろえられた艶やかな漆黒の髪。
白皙の相貌。
細い・・・紫色の瞳。
それは妖しく輝いていた。

場がしばし静まり、その男の顔に見惚れる。

だがそんな状況も男には何の感慨も与えないのか他には目もくれず、カウンターの一番奥に腰掛ける人影に向かって真っ直ぐに歩みを進める。

そのカウンターの人影も少し前に入ってきた時に同様の視線を浴びた。
(今もちらちらと視線をはしらせる人間がいる)

ゆるやかな曲線を描いて肩へと流れる栗色の髪。
きらきらと輝く紅玉の瞳は、一瞬見る者の胸を衝く。
それは望んで得られなかった「夢」を思い出すときに似ている。
再びこの手に・・・そう思わせる生命の輝きに満ちていた。


人影の手におさまるグラスが傾き、黄金色の液体が光を反射して揺れる。
その輝きは彼女の指にふさわしい。


「リナさん・・・・」
「遅いわよ、ゼロス」
男が謝罪の言葉を口にする前に彼女は責めた。
先に謝られると怒る前に許してしまうから・・・。
「すみません、遅くなりました」
男も余計な言い訳はしない。

せっかくの貴女からのお誘いなのに・・・・・・

衝動的に彼女を抱きしめたくなったがそんなことをすれば呪文で吹き飛ばされることは目に見えている。
しばし錫杖を握り締め、我慢する。

彼女はそんな男の葛藤も知らぬげにグラスを傾け口につける。


ああ・・・・グラスになりたい・・・・
その唇に触れたい・・・・・・・・・・


「リナさん、それは?」
「ん?ああ、これ?マスターに・・・」
そこでカウンターの中の男性を指差す。
「おまかせしたら、これが出てきたの。サービスでタダよ、タダ(はぁと)」
タダの部分を妙に強調する。

「・・・・・そのカクテルの名前をご存知ですか?」
「ううん、知らないわよ」
あっさりと言う。


彼女は・・・まったく無邪気だ。
彼女にとっては「誘い」のグラスも「タダ」の酒。

だが、もし・・・それに気づいていて飲んでいたのなら、僕は・・・あの男を殺していたかもしれない・・・・。
男の紫色の瞳が物騒な光を宿す。

「リナさん、それ美味しいですか?」
「うん、けっこうイケルわよ♪」
「・・・・では、僕からもう一杯同じものを差し上げます。遅れたお詫びです♪」
「そ、アリガト♪・・・・・でもお詫びがこれだけじゃ少ないわね」
「う゛・・・・僕、今あまり持ち合わせが・・・・・」
「それじゃあ貸しにしとくわ♪」
「・・・・・・リナさんに貸しをつくるなんて怖いですね・・・・・」
「何ですって?」
「と、ところでリナさんっ」

せまってくる彼女に慌てて話題を変える。
「御用というのは?」

彼女のほうから僕を呼び出すなんて・・・・・初めてのことだ。

「ん~・・・・・」
男は彼女がしぶっているのを微笑みを浮かべながらじっと待つ。
彼女が隣にいる・・・・・それだけで男は嬉しい。

「・・・やっぱりここでは止すわ」
「はぁ?」
男にはさっぱり何のことかわからない。

彼女は男の疑問には答えず、「お詫び」のカクテルをくいっと飲み干すと、
「あたし・・・・宿に帰る」
そう告げて立ち上がった。

「え・・・・リナさん・・・・・」
「ゼロスも来て。・・・・・・・・・ここで飲みたいんだったらいてもいいけど」
「いえっ、リナさんがいないんだったらこんな所にいても仕方がありません」
男のセリフに彼女の頬がアルコールのせいだけではなく蒸気する。

・・・・・・・これってお誘いなんでしょうか・・・・・・・・

男は悩む。

しかし男は彼女の後ろをついて歩きながら上機嫌だった。
酒場の中から自分に向けられる負の感情が心地よい。





「きゃ・・っ」
「おっと・・・リナさん、大丈夫ですか?」
「・・・・うん、ちょっと酔ったみたい・・・・・」
「カクテルは飲みやすいですけど足にきますから」
彼女のふらつく体を支えながら、そのぬくもりに彼女を感じて男は酔う。


貴女を独占したい・・・・・・・・・・


「酔った後の夜気・・・・好きなのよねぇ・・・」
「僕も・・・・・幸せです」

酔った貴女はちょっと大胆になって、こうして触れていても大人しくしていてくれる
から。


ぺたん。

「あ・・・・れ・・・・?」
「リナさん?」
「・・・・何だか・・・・・・足、力入んない・・・・」
どうしよう、と潤んだ瞳で見上げられて、男はその場に押し倒したくなる。
・・・・・・が根性で(魔族の僕が・・・泣)我慢する。

「リナさん、掴まってください。宿までお送りしましょう」
「うん・・・・」
抱き上げられて言われるままに彼女は男の首に腕をまわす。


そして、二人の姿は通りから消えた。


 

    

「リナさん、着きましたよ」
「ん~・・・」
声をかけるが彼女すでに眠りの淵に足をかけていた。
このまま寝かせてあげたいとは思うのだが彼女がわざわざ自分を呼び出したほどの用事をそのままにしておくわけにはいかない。

「リナさん・・」
「ん・・・ゼロス?」
「御用がまだ済んでいませんよ」
「あ~・・・うん・・・・・・そう」
こくり、と肯く。
「え~とね・・・・」

ごそごそ。ごそごそ。

「・・・・・?」
彼女は何やら腰のあたりを探りはじめた。

「・・・・あった」
「?何ですか?」

「これ、ゼロスにあげる」
「・・・・・・。・・・・・・えっ!?」
差し出された皮袋をゼロスは驚愕の思いで受け取る。

リナさんから何かいただけるなんて・・・・・・・・

ゼロスは例え世界が滅んでもそんなことは考えもしないだろう。
それほどの出来事だった。

・・・・・・・・・かなり失礼である。

「開けてみてもかまいませんか?」
「・・・・うん」
彼女の頬がわずかに赤くなる。

ゼロスは丁寧に紐をほどき、中身を取り出した。

「これは・・・・」
銀の台座に深紅の輝きも美しいルピー。
ネックレスだった。

「ほ、ほらっ・・・ゼロスのタリスマンあたしがもらっちゃったでしょ?それで首元が寂しいかなぁ~と思って・・・べ、別に他意はないわよっ!!」
だが、喜びに打ち震えるゼロスに後半部分のセリフは届かない。
「リナさんっ!!嬉しいですっ!!」
「あ、え・・・そう、気に入ってくれたんならあたしも・・・・嬉しい・・・。あ、その宝石、魔力の宿ってない普通の純粋なルビーだから、あんたでも大丈夫でしょ?」
「リナさん・・・・・」
じっと見つめていると照れて顔をそむけてしまう。

 そんなところも好きですよ・・・・・・・・

「リナさん・・・これつけて下さいますか?」
「え・・・・う、うん」
ゼロスは向かい合った姿勢のままネックレスを彼女の手に渡す。
彼女は足にきてるのでネックレスをつけるには前からゼロスの首に手をまわさなければならない。

 抱きついてもらってるのと同じですよね・・・・・・

耳元に彼女の甘い吐息が触れる。

「・・・・はい、と。出来・・・・・きゃっ」
ゼロスは彼女をベッドに押し倒した。
「ぜ、ゼロス!?」



「ご存知でしたか、リナさん。あのカクテルの名前を」
「・・・?」
「between the sheetsと言うんですよ・・・・」
「・・・!?」
「・・・そう、男が女をベッドに誘うときの文句の代わりのカクテルです」
「あ、あたしは別にそんなつもりじゃ・・・・」
真っ赤になった顔で言い募る。
「おや、僕はそのつもりでしたが?」
「・・・・・ゼロスっ!!」

・・・・・・本当にあなたは、可愛いですよ・・・・・・・・


「愛してます・・・・・リナさん」
「ゼロス・・・・・」
「きっと出会ったときから貴女に惹かれていました・・・・愛してます、貴女だけを愛してます・・・・・ずっと・・・永遠に・・・・・」
「ゼロス・・・・・」
ゼロスは彼女を怯えさせないようにそっと唇に触れる。

・・・・・・・触れたかった、唇・・・・・・・・・

「リナさん・・・・・・愛してます・・・・」

「あたし、も・・・・・愛してる・・・・・」
彼女はおずおずと首に手をまわす。

「愛してます・・・・」 


首のルビーがきらりと光った。