プランツドール リナ


ザァァァァ・・・・・・・・
細かい雨がガラスの天井に降りてくる。

今日は雲に隠れて陽光は届かない。
・・・・・・でもきっと雲の向こうには・・・・・・・・・・・



ずっと・・・ずぅっと待っている・・・愛しい貴方・・・・・・
いつか私の前に現れる・・・・・夢に見る・・・・・・・姿・・・・・


でも・・・・・・・
待ちすぎて私は貴方の姿を忘れてしまった・・・・・・
迎えに来ても私はわからない・・・・・・・・・・
だから・・・・・ 
・・・・・呼んで。
私の名前を・・・・・・呼んで。
そうしたら私は貴方の姿を思い出すから・・・・・・・・。


空を見上げるプランツの白い頬に透明な滴が零れた。






ふっ・・・・・と風が動いた。
優しい気配が入ってくる。
ここの店主の気配ではなかった。
店主の気配はもっと静かで・・・・・透明だ。
まるで存在していないかのよう・・・・・・。
だけどこの気配は・・・・・優しくて温かくて・・・・・孤独だ・・・・。
そっと自分に近づいてくる。
・・・・・・・客、なのか・・・・・・・・・・。
だけどあたしは・・・・・瞳を開かない。
この瞳は愛しいあの人だけのものだから。

それなのに・・・・・。


『・・・・ナ、リナさん』


どうして、どうしてあたしの名前を知っているの・・・・?
あの人なの・・・・・???

あたしは我を忘れた・・・・・その呼び名に・・・・。
そして・・・・・瞳を開いた。

闇色の髪・・・・・綺麗な紫の瞳・・・・・・・

それを見てあたしは瞳を閉じた。

・・・・・・違う。
・・・・・・・あの人じゃない・・・・・
でも、どうして違うとわかる・・・・・?
あたしはあの人の姿は忘れてしまったのに・・・・・・。
どうして。
どうして、どうして、どうして、どうして・・・・・・・・・・・

伝わるのは哀しい気配。
でも・・・・あたしの愛しい人は・・・・・・・・。

ふわっっ。
え?え?え?

抱き上げられてあたしは混乱する。
何処・・・・何処に連れて行くの????






「リナさん、今日からここが貴女が暮すところです。如何ですか?」
その人があたしをそっと大切にソファに座らせながら聞いてくる。
如何も何も急にこんな所に連れてこられてあたしはどうしていいのか全然
わからない。
ここは・・・・どこなの?

「僕の名前はゼロス、と言います。リナさんは・・・・リナさんでいいですよ
ね?」
どうして・・・・。
どうして『ゼロス』と名乗るこの人はあたしの名前を知っているの?
混乱のままにあたしは何も答えない。
答えられない。
「いいですよ、いつまでも僕は待ちますから・・・。そうだ、リナさんお腹
空きませんか?確か・・・・」
ごそごそと音がする。
お腹・・・・???
・・・・・・・・お腹が空く・・・・??
そうだ・・・・・あたしはもうずっと何も食べていない。
あの人を待つことだけでいっぱいで他には何も考えられなかったから。

部屋に甘い・・・香りが漂う。
・・・・・・・ミルク。
あたしたちプランツの唯一の『たべもの』。

誘われるように立ち上がりその傍まで近寄る。
「り、リナさんっ!?」
狼狽する気配。
くすくす・・・・。
何だか・・・・おかしい。
手に持たせられたコップの陰でこっそりと笑みをこぼす。

ごきゅ、ごきゅ・・・。
久しぶりに味わうミルクはとっても美味しくてあたしはあっという間に
飲み干した。
「まだ飲みますか?」
ゼロスの言葉にあたしは素直に肯く。
あたしのミルクを用意しているうちにどうやらゼロスも自分の
食事を作り、隣で食べはじめた。
ミルクの陰からそっとのぞく。
・・・・・美味しそうな匂い。
ミルクとは違うけど・・・・・・でも美味しそう。

あたしは我慢できずに手をのばし口に入れた。
ぱく。
・・・・・・・・・・・・・・おいしぃ・・・・・・
「リ、リリリリリリリ・・・リナさんっ!?」
ゼロスが慌ててる。
そりゃあそうよねぇ・・・プランツはだいたい『人間』と同じ食事なんて
しないし。
「・・・・大丈夫なんですか?」
もぐもぐ・・・・。
ごくん。
あたしは口の中にある食べ物を呑み込む。
そして・・・・にこっと笑った。
・・・・・・ゼロスが固まる。
ふふふ・・・・驚いた?
「・・・ま、まだありますよ。どうぞ」
あたしはゼロスのすすめるままにそれらに手をつけた。
『人間』の食べ物がこんなに美味しかったなんて知らなかった。
・・・・・何か損してた気分。
それを埋めるがごとくあたしは調子にのって次々と口に入れた。
ああ・・・・おいしぃぃぃっっ。

隣でそれを眺めるゼロスの気配は優しい。
・・・・・それにあの『孤独』の気配も消えていた。
・・・・・・・・あたしがいて・・・・・・・・・・・・・・・嬉しい?



・・・・・・・・あれ?
何だか頭がぼう、としていきた。
何で??
すぅぅっと体が冷たくなる感じ。
・・・・・・・・眠りじゃない、これは。

ゼロスの慌てた気配。
そして・・・・・恐怖・・・・・・絶望・・・・・。
何・・・・・???
何で??
何をそんなに恐れているの・・・・・???
「リナさんっ!リナさんっっ!!」
切羽つまった声。
・・・・・・どうしたの、ゼロス?
聞きたいのに・・・・・あたしの口は開かなかった。






「プランツ・・・・どうして人間のものを食べたんです?ダメなことは
わかっていだでしょうに・・・・・」
メンテナンスをしながら主人があたしに話し掛ける。
・・・・だって・・・・美味しかったんだもの・・・・・
「・・・・・ふぅ、困ったプランツですね・・・」
店主はあたしが『言葉』をしなくても言いたいことがわかるらしい。
「あの方がどんなに心配していらしたかわからなかったわけでも
ないでしょう・・・」
・・・・・確かに、すっごく慌ててたみたい。
何でそんなに、てほど。
「それは・・・貴女が失われるかもしれないと思ったからですよ。
あの方はそれほど貴女が大事なんです」
・・・・・・・大事?あたしが?
でもゼロスは・・・・・あたしの『あの人』じゃない。
「・・・・では、どうして貴女は目を開いたんです?」
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・どうして・・・・?あたしにもわからない・・・・・。
「・・・・本当に?」
・・・・・・。
あたしはじっと考える。
あたしはどうして瞳を開いてしまったんだろう?
名前を呼ばれたから?
・・・・・・・・・ううん、違う。
それだけ・・・・・じゃない。
あたしは・・・・・・・あの優しい気配が・・・・・・・寂しい想いが・・・・
・・・・・なぐさめてあげたいと思った。
傍にいてあげたいと思った。
ゼロスと・・・彼と共に居たいと思った・・・・・・。
「プランツ・・・・貴女はもう『選んで』いたんですよ」
彼を・・・・・・。
店主の言葉にこくん、と肯く。
そっか・・・・・だからこんなに寂しかったんだ。
誰かを待っている間は『寂しさ』なんて無かった。
待っていればいつかは会えるんだもん。
でも・・・・・ゼロスと離れて、あたしは寂しかった。
もう会えないかもしれないと・・・・・・・・思った・・・・。
「もう迷ってはいけませんよ・・・・貴女の幸せのために・・・」
うん。
あたしはゼロスと一緒に居たい・・・・・・。
それがあたしの・・・・・『幸せ』。
やっと・・・・・・やっと気づいた。




あたしはソファに座ってじっと待つ。
もうすぐ・・・・もうすぐ・・・・・大切なあの人があたしを迎えに
やって来る。


「・・・リナさん・・・・」
彼があたしをそっと覗き込む。
伝わってくる気配は・・・・・・不安。
ごめんね、ゼロス。
心配させて・・・・・・・もう大丈夫だから。
「良かった・・・・・良かったリナさん。帰りましょう・・・僕たちの家へ」
優しく抱きしめられた。
うん、帰ろう、ゼロス。
あたしたちの『家』へ。
そっと彼の袖を掴んだ。
「・・・・リナさん・・・・?」
ゼロスの当惑の気配。
「プランツも・・・貴方がいなくて寂しかったようですよ」
・・・・・・ゼロスがまじまじとあたしの顔を見る。
な、何よ。
寂しかったら悪い?
「リナさん・・・・僕も貴女に会えなくて寂しかったですよ・・・・。
・・・・大好きです、リナさん・・・・・好きです・・・・・」
ゼロスがあたしの髪に顔を埋めてささやく。
あたしも・・・・・ゼロスのこと・・・・好きだよ・・・・。
「愛してます・・・・リナさん・・・・」
ぎゅっと抱きしめられる。

ちょ・・・・・っ。
ゼ、ゼロスッ!!
人前でなんてことすんのよっ!!!
あたしはぺしぺしとゼロスの頭を叩く。
・・・・・あんまし効き目はないけど・・・・・・(涙)。
「リナさん・・・・・照れ屋だったんですね」
・・・・・っっ!!
ゼロスの言葉にカァァと血がのぼる。


「わ、わかりましたっ!もう言いませんから・・・・っ」
あたしのぺしぺし∞攻撃にゼロスが苦笑する。
「だから・・・・僕の名前を呼んでください」
・・・・・・・・。
「リナさん・・・・・・」
・・・・・貴方の名前を呼ぶ・・・・・・・の?
「・・・リナさん、お願いです・・・・」
ゼロスの・・・痛いほどの想いが伝わる。
・・・・・・知っている・・・・この想いを。

『呼んで・・・・呼んであたしの名前を・・・・』
それはあたしの願い。


あたしを抱いていたゼロスの手がゆるむ。
哀しい気配。
・・・・・・・ゼロス・・・・・・・・・・


『・・・・ゼロス』
貴方にだけ聞こえるようにそっと呟く。

「リナさんっっ!」
彼の声にそっと瞳を開く・・・。
あたしはもう貴方のもの・・・・あなただけの・・・。
だから貴方の名前を呼ぶ。
あたしの名前を呼んでもらうために。
だから瞳を開く。
貴方を見るために。
あたしを見てもらうために。

・・・・・綺麗な紫色の瞳。
そこには初めて見たときの悲しみの色はない。
ただ・・・・・・・喜びがあった。
「愛してます・・・リナさん」
あたしも・・・・・あたしも愛してる、ゼロス。
貴方に会えて・・・・・あたしは嬉しい。
もう放さないで・・・・・ずっと傍にいてね・・・・ゼロス。

あたしはゼロスの首に腕をまわした。