プランツドール・ゼロス


その『人』と出会ったのは神の気まぐれが起こした偶然。


突然に降り出した雨は、どうにもやみそうになく傘を持っていなかった僕はある店の軒先で雨宿りをすることになりました。
「これは当分やみそうにないですねー」
完全に雲に覆われた空は厚い。
用事は全て終らせていたのは幸いだった。
しかし・・・いつまでもこうしているわけにもいきませんし・・・・。
どうしたものでしょうかねぇ?
迷っていたとき突然店のドアが開きました。
「どうぞ、中に。お茶でもお出しいたしますよ」
顔を出したのは柔和な顔をした30前後の男性。
「よろしいんですか?」
「ええ、他にお客様もいらっしゃいませんから」
僕はその店主の言葉に甘えることにしました。
店に入った僕は珍しい店内に顔をきょろきょろさせました。
店内のいたるところに少女タイプの人形が置かれていたのです。
「・・・これは人形ですか?」
そう尋ねずにはいられないほどそれらの人形は精巧なつくりをしていました。
「ええ、ご存知ありませんか、プランツ・ドールを」
「ああ・・・聞いたことがあります。何でも本物の人間のように動いたり話したりするそうですね」
「育て方にもよりますがね」
店主はアンティーク調のテーブルにお茶をのせながら話してくれました。
「プランツ・ドールに必要なのは何よりも愛情ですから。ここの少女たちはいつか自分を愛してくれる人間に出会うまで眠り続けているんです」
「・・・・・・人形のほうが主を選ぶんですか?」
「はい」
それはなかなか面白いですね。
僕はちょっとした好奇心から人形たちを見て歩き始めました。
「・・・これが人形とは信じられませんね・・・」
息づいている・・・・と表現さえ出来そうだ。
「どれも名人か丹精こめて育てたものですから」
・・・・・・・・・?
そのときふと僕の意識にひっかかったものがありました。
何気なく目をむけたそこにはサン・ルームがあり、そこにも人形が置かれていることがわかりました。
「あれは・・・・・?」
「あのプランツは他のよりもずっと太陽の光が好きで、気がつくといつもあそこにいるのです」
「・・・・そんなに日にあてると・・日焼けしたりするんじゃないですか?」
商品価値が下がってしまうだろうに・・・。
「それが日にあてないほうが肌の艶が悪くなったりするんです。余程太陽と相性がいいのでしょう」
その時、何故かその人形を無性に見たくなりました。
華奢な取っ手のついた扉を開き、その人形に近づいて行きました。
ほう・・・・・・・・。
綺麗だ、そう思いました。
ゆるやかに肩へと流れる栗色の髪は艶々していて、頬はばら色に染まり形の良い唇は今にも言葉を紡ぎだしそうでした。
彼女からは・・・・・・・そう、太陽の匂いがしました。
ただ残念なのはしっかりと閉じられた瞳。
いったい瞼の奥の瞳はどんな色をしているのか・・・・見たくて、知りたくて・・・
他人に無関心な僕にとってそれは驚くべき衝動でした。
「・・・・この人形・・・いえ彼女の名前は何というのですか?」
僕の口は知らずそう店主に尋ねていました。
「さあ、私は存じません。彼女の来るべき主が知っているでしょう」
「彼女はもう・・・・?」
誰かに買われる予定なのか・・・・・
「いいえ、彼女は意外に気難しく今までに一度も買われていったことは無いんですよ」
その時のたとえようも無い安堵と失望。
「もし・・・・もし少しでも目を開けたら・・・・・」
「お客様にお買い上げいただくことになりますね。彼女たちは気難しくて自分が気に入った相手でないと枯れてしまいますから」
ああ・・・目を開いて欲しい。
目を開けて僕を見てください・・・・。
僕ならどんな主よりもあなたを幸せにしてみせるのに・・・。
名前を・・・・・・・そう、名前を・・・・・・・。
「リ、ナ・・・・・・・リナ、さん・・・・」
ふと、僕の口をついて出た言葉。
その瞬間少女の目が開いたのです。
紅い・・・・・・輝く・・・・・・炎・・・・・ルビーのような、瞳。
強い、強いその輝きに・・・・一瞬で惹かれました。
「あっ・・・・」
もっと見たい・・・・そう思ったのに彼女は開いたことを後悔したかのように再びその瞼を閉じてしまいました。
「リナさん、リナさん・・・・・・・」
その後はどんなに名前を呼んでも開いてくれませんでした。
僕は彼女に嫌われてしまったのか・・・・・・・でも・・・・・・・・
「今、彼女目を開きましたよね?」
「ええ、確かに」
「僕、彼女いただきます」
「しかし、お客様。通常の開いたというのとは少々異なっておりますようで」
「大丈夫です!僕はきっと彼女のこと誰よりも大切にします!」
これほど何かに執着したことがあったでしょうか。
僕はたとえ断られても彼女を連れて帰ることを決意していました。
店主はふぅとため息をつくと・・・さらさらさら~と筆を走らせた紙を僕にみせました。
「う゛っこれは少々高いのでは・・・・」
2,3軒の家が軽く建つ程度の価格とは。
「いえいえ、あのレベルのプランツにしては破格のお値段になりますよ。
あれはこの店の中でも特上な品ですから」
う~ん・・・まぁいいでしょう。
「わかりました」
その後、プランツの食事や小物、服・・・・・色々なものも買わされてしまいました。
穏やかな顔してかなりの商売上手です。
まぁリナさんを飾ると思えば安いものですがね。
「メンテナンスが御必要の時はいつでも受け付けておりますのでお連れ下さい」
店の入り口に呼んだハイヤーに彼女を乗せ、店主に挨拶すると僕もその隣に乗り込んだ。

そのころにはすっかり空は晴れ上がっていた。


「さぁ、リナさん。ここが今日からあなたが暮らすところです。如何ですか?」
しかし腕の中の少女はなんの反応も返してくれません。
仕方なく彼女をソファに丁重におろすと顔をのぞきこんでみました。
「そうでした。まだ自己紹介をしていませんでしたね。僕の名前はゼロスと言います。リナさんはリナさん、でいいですよね?」
でもやはりリナさんは答えを返してはくれませんでした。
「いいですよ、リナさん。リナさんが僕を見てくれるまで絶対に諦めませんから。あ、そうです。お腹が空いてませんか?あの店で確か」
袋をごそごそと探し、
「ミルク・・・は、ありました。何でもあなた方プランツの食事はミルクだけだということですから。待ってて下さいね、今温めますから」
ごそ・・・ごそごそ・・・ごそごそごそ・・・・・・
ガンッゴカンッ!!!
「あ、たた・・・やっぱり滅多に使わないキッチンだと何がどこにあるかわからないので・・・・・ああっありました。ミルクパン。リナさん、もう少し待ってて下さいね」
ミルクパンにミルクをそそぎ、温めるとふわふわとしたいい香りが漂って・・・・
「リナさん、出来ましたよ・・・・・・・て、あれっ!?」
たった今まで彼女がいたソファはもぬけの殻。
ふと背後に気配を感じて振り向けば、彼女がシンクに身を乗り出してミルクに手を伸ばしていました。
「くす、リナさん。そんなにお腹が空いていたんですか?」
可愛らしい小さな手に、カップを握らせてあげました。
「あ、駄目ですよ、ここで飲んだら。お行儀悪いですからきちんと座って飲みましょうね」
彼女はかすかに頷くと、ドレスの裾をひきずりながら元のソファに戻っていきました。
「反応は返して下さるのに・・・・瞳を見せてはもらえないのですね」
彼女の隣に腰掛け、話し掛けてみるが、今はミルクを飲むのに集中しているのか答えてくれません。
彼女はくぴくぴ~と一気にミルクを飲み干してしまいました。
「もしかして・・・お代わりいりますか?」
こくん、と小さな首が頷きます。
何だか・・・胸の中がぽお・・と温かくなって不思議な気分です。
僕は彼女にミルクをついであげるついでに自分の食事も済ませてしまうことにしました。
傍に彼女がいる・・・・・それだけで味気なかったはずの食事がこんなに美味しく感じます。
自分は『孤独』・・・・・だったのだと初めて気がつきました。
リナさんに会ってから僕はまるで僕ではないようです。
リナさんに会うことで僕は「夢」から覚めたのかもしれません。

かさっ。
「・・・・・え?」
ぱく。
「り、リリリリリナさんんっっっ!!!」
僕が食べるのを見ていた(いや目は開いてないんですけど)
リナさんが突然、目の前にある唐揚げを口に入れてしまったんです!!
店主の言葉では食事はミルクだけと・・・・・。
「リナさんっ・・・・・・大丈夫なんですかっ!?」
もぐもぐ・・・・もぐもぐ・・・・・ごくん。
にこっ。
・・・・・・。・・・・・・・・・。
・・・・・・・はぅっ。可愛いすぎです・・・・・・。
「美味しいですか?」
こくん。
素直に肯くリナさん。
「まだありますよ。どうぞ」
僕は彼女の笑顔がもう一度見たくて次々と料理をすすめました。
ぱくぱく・・・。
もぐもぐもぐもぐ・・・・。
ばくばくばくばくばくっっ・
ごっくんっ。
・・・・・・・・・・・・・・・かなり豪快な食べっぷりです・・・・・(汗)。
でも・・・・・そんなところもとっても可愛いです!!!!
「・・・う~ん・・・・おいし・・・・・・」
「・・・・・・っ!!リナさんっ!?話して・・・・・っ!??」
今まで一言もしゃべってくれなかったリナさんの声に僕は驚いて
フォークを落としてしまいました。
「リナさんっ!!も、もう一度しゃべってくださいっ!!」
「・・・・・・・・」
「リナさんっ!!何でもいいですからっ!」
「・・・・・・・」
こてん。
「・・・・・・・・・・・・・・・リナ、さん?」
彼女は動きをとめ、ソファに横たわった。

「リナさんっ!!」

慌てて抱きとめ頬に手をすべらす。
「リナさんっ!リナさんっっ!!」
彼女は何の反応も返しません。
・・・・・・顔色が・・・・・・っ!?
バラ色だった頬が段々と蒼褪めていく。
「リナさんっっっ!!!」
彼女を失う・・・・・・・それは信じられないほどの恐怖を僕にもたらしました。
僕は彼女を抱き上げると、再びあの店へ急ぎました。




「すみませんっ!!リナさんが・・・・リナさんがっ!!」
「おや、これは先ほどのお客様。如何されました?」
「リナさんの様子がおかしいんですっ!!」
取り乱し我を忘れて僕は店主にすがりつきました。
店主が僕の腕の中にいるプランツをじっと見つめます。
「リナさんは・・・・リナさんはどうしたんですかっ!?」
「・・・・・・・・・お客様」
「大丈夫なんですかっ!?」
「お客さま。プランツにミルク以外のものを食べさせられたのではありませんか?」
「ええ!リナさんがあんまり美味しそうに食べるので・・・・」
「・・・・・・・基本的にプランツの食事はミルクだけなのですよ、お客様。人間と同じものをとるようには出来ていないのです」
「・・・・・・・・・」
「おそらくまだ間に合うでしょう・・・・・・。メンテナンスすれば元気になりますよ」
「本当ですかっ!?」
「ええ、ただ・・・・しばらくお預かりすることになると思いますが」
リナさんと離れる・・・・・・・。
でもそれは彼女を救うために必要なこと・・・・・・。
「・・・・・・わかりました。リナさんをお願いします」
身を切られるような思いで彼女を店主に預けました。



一週間後。
リナさんのメンテナンスが済んだという連絡をもらって僕はすぐさま店に迎えに行きました。
「リナさん・・・・・」
アンティークのアームチェアーにそっと座っているリナさん・・・・。
一週間ぶりに会う彼女に恐る恐る近づきます。
「リナさん・・・・お元気でしたか?」
彼女の傍に跪き顔をのぞきこみました。
あの蒼褪めていた頬は元のバラ色に戻っていました。
「・・・・良かった・・・・リナさん・・・・・」
彼女のいない一週間がどんなに辛かったか・・・・。
「帰りましょう、リナさん・・・・・・・僕たちの家へ」
抱き上げた彼女をそっと抱きしめ、耳元で囁いた。
「・・・・?」
ふと、袖にひっぱられる感触。
「・・・・・・・・・・リナさん?」
彼女の小さな手が僕の袖を掴んでいました。
「プランツもあなたに会えなくて寂しかったようですよ・・・」
店主の言葉に信じられない思いで彼女を見つめました。
・・・・・・・心なしか赤みの増している頬。
もしかして・・・・・・・・・照れてるんでしょうか?
「リナさん・・・・・・僕も貴女に会えなくて寂しかったですよ。
・・・・・・・・大好きです、リナさん・・・・・・好きです」
彼女のいい匂いのする髪に顔を埋めて何度も囁く。
「・・・・・・・愛してます」
ぎゅっと彼女を抱きしめる。

ぺしぺしぺしっっ。
頭を小さな手で叩かれた。
彼女の顔を見ると、さっきよりも一段と赤くなっている。
「リナさん・・・・・・・照れ屋だったんですね」

ぺしぺしぺしぺしぺしっっっ!!

無言のまま彼女は僕の頭を叩きつづける。
「わ、わかりました!わかりましたっ、もう言いませんからその代わり僕のこと呼んでください、リナさん・・・」
「・・・・・・・・」
「お願いです・・・・・」
懇願する。

「あなたの声を聞かせて下さい・・・・」
「・・・・・・・」

やはりダメですか・・・・・そう思った僕の耳に・・・・・

『・・・・ゼロス』
桜色の唇がそっと言葉を紡いだ。

「リナさんっ!」
瞼がゆっくりと開き・・・・・紅玉が顔をのぞかせた。
一目で恋に落ちた美しいルビーの瞳。
きらきらと輝いて・・・・・・どんな宝石よりも美しい。
僕を虜にしたその瞳に・・・・・

「愛してます・・・・リナさん・・・・」
もう一度、愛を誓った。
二度と彼女を失うことのないように・・・・・・・。