初夏のさわやかな風が水面を揺らし、光が反射してきらめいている。
葉ずれの音が耳に心地よく、眠気を誘う。
こんな日は小高い丘の大木の下、思う存分昼寝をしたい。
あたしは読みかけの魔道書から目を上げ、そよそよと揺れる草を見て我慢できないあくびをもらした。
あたしは今、ウィンディ=シティの魔道士協会の図書館にいる。
10年に一度公開される数冊の貴重な魔道書を閲覧するために。
しかし・・・・・・・
「こ~んないい天気にぢめぢめ魔道書を見てるなんて有意義じゃないわよね!」
・・・・・・・閲覧できるのは今日だけじゃないし、ゼルやアメリアには悪いけど(ガウリィには元から期待してない)外に散歩しに行こうかなぁ。
ぼう、と窓の外を見ていたあたしは見知った顔をそこに見つけて慌てて叫びそうになった口を手でふさいだ。
「・・・・ゼロス?」
小声で確かめるとゼロスは窓に近寄り、にこりと笑みを深くした。
「お久しぶりです、リナさん」
「・・・・・・・ホントお久しぶりね、ゼ・ロ・ス」
ちょっぴし不機嫌な声で応じる。
「・・・・・リナさん?」
「・・・・・・・(無視)」
一ヶ月も音沙汰なしの不実な奴に口を聞いてやるほどあたしは心が広くない。
「リナさん・・・リナさん・・・・リナさぁんんっっ」
無視、無視。
「一ヶ月もお会いできなくて僕も寂しかったんですよぉ」
泣きが入ってきたゼロスをそれでも無視していたらそこから唐突に気配が消えた。
・・・・・・・えっ!?帰っちゃったのっ!?
思わず窓に顔を向けると・・・
ちゅっ!
頬に唇の感触。
「ゼ・・・・ゼ~ロ~ス~っっ!!!」
「リナさん、そんな大きな声を出したら駄目ですよ」
あっ。
ゼロスの言葉に自分が図書館にいることを思い出した。
「あ、あんたがいきなり・・・ぁんなことするからでしょうがっ!!」
「だってリナさんが僕のことを見てくれませんから・・・仕方なく(はぁと)」
「ぬぁぁにが『仕方なく(はぁと)』よっ!!」
あたしはゼロスを締め上げてやろうと手を伸ばした。
しかしその手はゼロスに呆気なく捕らえられ、ふわりと椅子から抱き上げられる。
「なっ!!」
「リナさん、外に行きませんか?」
それはちょうど今あたしが考えていたことだった。
「絶好のお昼寝日和ですよ」
ゼロスがにこにこ顔で覗き込んでくる。
はぁぁぁっっ。
「・・・・・・わぁかったわよ」
あたしはゼロスの押しに負けたのだった。
あたしは街外れの丘い向かってのんびりと歩いている。
ゼロスもそんなあたしに付き合うつもりなのかその横を同じ調子で歩いている。
全く・・・『変なやつ』である。
だけど・・・・・・・
悪くない。
風が髪をさらうのにまかせながら偶にはこんな日もあってもいいかなと思う。
「リナさん・・・」
ゼロスがあたしの名前をささやいて髪をひと房すくって口づける。
「・・な!?何やってんのよっ!!」
「風にさらわれるのがもったいなくて・・・つい・・・・」
かぁぁぁぁっっ。
何でこいつはこういうセリフがさらっと出てくるかな・・・(///)
「もうっっさっさと行くわよっ!!」
「はい、リナさん(はぁと)」
バタ。
ごろごろごろ~~。
うきゅぅっっ気持ちいぃっ~♪
あたしは目的地の丘の木の下に来ると早速寝転がってお昼寝の体勢をつくる。
顔を通り過ぎていく風が気持ちよくて、ずりずりとあたしを眠りの淵に引きずり込んでいく。
「リナさん」
「ん~~~」
思いのほか近くに聞こえたゼロスの声にくっつきそうになる瞼を押し上げる・・・・・
「・・・っ!!」
息が触れ合いそうに近くにあるゼロスの顔にびっくりした。
「あ、あああ、あんた何やってんのよっ!!」
たまらず飛び起きてあたしの横に寝転ぶゼロスに抗議する。
「何・・・て、あんまりリナさんが気持ちよさそうなんで僕もご一緒にと」
「わ、わざわざあたしの横にいなくてもいいでしょうっ!!」
「リナさんの傍が一番気持ちよさそうだったので♪」
「なっ・・・」
「さ、お昼寝しましょう♪」
あたしが顔を真っ赤にしてうろたえているとゼロスが手を体にまわして自分の胸に引き寄せる。
「リナさん・・・・いい匂いがしますね・・・」
「・・・・・・・」
・・・・・・はっ。
あたしは我にかえった。
「な、なにをどさくさ紛れに抱いてんのよっ!放してよっ!!」
どくん。どくん。
心臓が早鐘を打つ。
「嫌、です。久しぶりにリナさんにお会いできたんですから・・・もっとリナさんを感じさせて下さい・・・・」
どくんっ!
「・・・・リナさんにお会いできなくて寂しかったです」
「・・・・・あんたが悪いんでしょ・・・・」
胸の鼓動を必死でごまかしながら何でも無い口調でこたえた。
「ははは・・・僕はしがない中間管理職ですから。でもリナさんのことは一刻だって忘れませんでしたよ」
どくんっ!!
「・・・・・当たり前よっ!!あたしのこと忘れたなんて言ったら神滅斬なんだからっ!」
「そ、それはちょっと困ります・・・」
「なによ、あたしのこと一刻だって忘れないんでしょ。だったら何も困ることなんてないじゃない。それとも今の言葉は嘘なの?」
「いいえ、僕はリナさんに嘘はつきません」
「・・・・言わないことはあるけどね」
「・・・・・・・」
おお、ゼロスが言葉につまってる。
あたしはちょっと溜飲が下がった。
ゼロスにばっかりどきどきさせられるなんて悔しいもん。
胸の鼓動も徐々に平静を取り戻していく。
ああ・・・・・・眠い・・・・・・・・
・・・・・・・なんで・・・・ゼロスは魔族なのに・・・・・こんなに安心するんだろう・・・
「・・・リナさん・・・?」
ゼロスの声が耳に心地いい。
腕の中が安心する。
このままで・・・・・・・・・このまま・・・・・・・・・。
あたしの意識は沈んでいく。
「リナさん・・・・寝ちゃったんですか?」
返事はない。
腕の中の少女はゆるく目を閉じ、体を預けて健やかに眠っている。
体に伝わる重みが心地いい。
「そんなに安心されたら・・・・何も出来ないじゃないですか」
本当にこの少女は自分が魔族だとわかっているのだろうか。
・・・・・・いや、おそらく他の誰よりもずっと彼女が一番よくわかっている。
くすくすくす。
「本当に・・・リナさんは・・・・リナさんですよね」
こんなに一人の人間に囚われるとは思ってもいなかった。
「・・・・・・・愛してます・・・・・・・・この世の何よりも・・・・・」
腕の中の少女の額にキスをおとす。
「愛してます・・・・貴女だけを」
だから・・・・・・。
この貴重なるひとときを・・・・・胸に刻みこむ。
「今度はいつ会えるでしょうね・・・・・・」
あなたが不機嫌にならないうちに会いに来たいですよ。
二人の上を初夏のさわやかな風が吹き抜ける。
静かな幸いなる時間。
こんな日があってもいい。