流血の輪舞


 群れをなす竜族の間を一筋の線が走る。
 瞬間、空が真っ赤に染まった。
 血のシャワーが大地に降り注ぐ。
 
「呆気ないですね、もう少し頑張っていただかないと負の感情さえ楽しめないじゃありませんか」
 錫杖を右手に左手で顔をかく様子は、とても一つの惨殺を済ませた人物とは思えない穏やかさだった。
「少しは暇つぶしになると思ったんですけどねぇ」
 その時、ゼロスの横をレーザー・ブレスが突き抜けた。
「おや、少しは出来る方がいらっしゃるようですね」
「獣神官ゼロスっ!!」
 ひときわ巨体の黄金竜がゼロスの前に立ちはだかる。
「・・・・・竜族の長老ですね」
 ゼロスは笑みを顔に刻んだまま左手をかざす。
ぐはぁぁっっっ!!!

『長老っ!?』
『ミルガズィア様っ!!』
『貴様っ!!』
 いきり立った竜たちがゼロスに襲いかかる。
『やめろっっ!!!』
 制止の叫びは遅く竜たちは一瞬にして塵となった。
「ゼロス……っ」
 対峙するだけで体に例えようのないプレッシャーがかかる。
 ……・全く本気を出していない相手に。
 完全なる敗北。圧倒的な力の差。
 地に落ちた味方の無数の死体がそれを示していた。

「竜を滅せし者(ドラゴンスレイヤー)」と語り継がれることになる魔族の一方的な殺戮の一幕だった。

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「お久しぶりです、ミルガズィアさん」
 千と12年ぶりに現れたゼロスの第一声だった。
 全く変わらぬ姿。
 ただ妙な人間たちを引き連れていたのには驚いた。
 しかもゼロスはそのうちの一人に並々ならぬ興味を抱いている様子。
「話し合い以外の手を考えます」
 だがその性質に変わりはない。
 目的遂行のためには手段を選ばず、全てを滅ぼす。
「あたしは生きていたい。踊らされたままでいるつもりはありませんから」
 竜族にさえ劣る人間の、だが静かで力強い言葉。
「リナさんなら、当然このくらいのことは考えてると思ってましたし」
 ふと、その笑みが柔和になったと思ったのは気のせいか……。

 異界黙示録への迷宮の入り口。
「ゼロス」
「リナさん」
 開かれた暗紫色の瞳がただ一人の人間を見つめていた。
 その瞳に宿るのは……狂気だったのかもしれない。
 
 迷宮に人間を取り残したまま戻ってきた私にむけたゼロスの視線は……笑みなど微塵の気配もなく「本気」の気配を濃厚に漂わせていた。
「獣神官……」
 人間の娘を捜しに行こうとするゼロスに声をかけずにはいられなかった。
「……何をそれほどあの娘に執着している・・・?」
「執着?……ああ、そう呼べないこともありませんね。彼女は、『リナさん』は人間にしておくには惜しいほど僕を退屈させませんから」
「……」
「リナさんだけです……僕との力の差を知りながら対等に張り合ってくるんですからね。くっくっく……本当に面白い、興味深い対象ですよ」
 ゼロスはそれだけ言うと元の顔に戻った。
「だから今、その存在を失うわけにはいかないんですよ」
 黒衣が空中に消える。
「リナさん・・・リナさんはどうして僕を恐れないんですか?」
「な~に言ってんのよっ!!あんたなんて恐れようが恐れまいが関係なく傍にいるんだから余計な恐怖を抱いてあんたを喜ばせるほうが馬鹿みたいじゃない。あたしはそんなに親切じゃないのよっ!!」
 くすくすくす。
「本当にリナさんは……『リナさん』ですよね~」
「……はぁ?」
 たとえ貴女を殺すことになっても……リナさんなら僕にただで殺されはしないでしょう。
 全身血まみれになろうと……貴女なら生き続けることをあきらめない。
 最後の瞬間まで……その流血で僕を楽しませて退屈させない。
「そんな存在に……執着せずにいられるわけがありませんよ」
 ミルガズィアさん……。
「ちょ・・っ、ゼロス!いい加減放しなさいよっ!!」
「嫌です」
 僕はリナさんを抱きしめる手に力をこめた。
 その貴重なる存在を逃さぬように……。