華 宴



 ヒラヒラ・・・ヒラヒラ・・・
 花ガ散ル。
 ヒラヒラ・・・ヒラヒラ・・・
 ゆぅるりと・・・・・・・・





 空は異常な数の花びらに覆い尽くされ桃色に染まっている。
 地は落ちた花びらに埋め尽くされる。
 目に入るあるゆるものがピンク、だった。
 それがここブロッサムシティの光景だった。
「何かここまでくると驚くより呆れるわね」
「同感です。前にも一度父さんと来たことがありますけどここまでじゃありませんでした」
 リナとアメリアは街の入り口で首をめぐらし、そう感想をもらした。
「驚いたかい、お嬢ちゃんたち。今年は街の裏にある山の桜が一斉に満開を迎えちまってねぇ。その花びらが風に乗ってこの街までやってくるのさ。綺麗は綺麗なんだが掃除が大変でねぇ」
 誰も聞きやしないのに話し出したのは門番その一(リナ命名)。
「ふーん……」
「なぁ、リナ」
「何よ?」
「桜て食えるのか?」
どがぎしゃぁぁぁっっっ
 は、花びらに突っ込んじゃったじゃない!
「ガ、ガウリィさん……」
「ガウリィ、お前さん……」
「こぉの脳みそタルタル男がぁっっ!!あんたは桜も知らんのかっ!!」
「え、いやぁ……何しろ俺、その桜だっけか?見たことないし……」
「あんたのことだから見ても忘れてんじゃないの?」
「はっはっはっは」
 笑ってごまかすなよ……。
「まぁ、とにかく街に入れば嫌でも目に入るわよ。何たってこの街はその名も『ブロッサム(花盛り)シティ』なんだから」
「そうですっガウリィさん!この街は一年中花が咲いていない時がない言われるほど有名な街なんです!!」
「そ、そうか・・・」
 ガウリィはアメリアの勢いに一歩ひく。
 そんな会話をしながら歩を進める4人の足元には花、花、花。
 花びらの絨毯といえば聞こえはいいが……
「この足にくっつくのどうにかしてくれないかしら。鬱陶しくて仕方ないわ」
「花びらを踏んで歩くなんて……何だか正義じゃありません」
 素直に嫌だって言えばいいのに。
 リナはそう思ったがいっても無駄なことはわかっているので口には出さない。
 後ろについてくる男二人は無言だが辟易した空気が背中越しに伝わってくる。
「はぁ、さっさと宿とりましょうっ!」
『……』
 皆は一斉に無言で頷いた。


「リナさん♪」
 その声がかかったのは無事に宿をとり、テラスでお茶をしている時だった。
どがっ!
「なっ、リナさんっいきなり何するんですかっ!痛いですよっ!!」
 あたしのロイヤルインバースクラッシュが見事に決まり、頭を押さえてうめいて
いるのは、お馴染みぼうふらのようにわいては消えるパシリ魔族のゼロスだった。
「ふっふっふ。今度あんたが現れたら一撃お見舞いしてやろうと毎日練習してたの
 よっ!!」
「リナさん……それはちょっと……」
「執念を感じるな……」
 隣でぼそぼそと呟くゼロスとアメリアを一瞥して黙らせると、あらためてゼロス
に目を向けた。
「さぁ、ゼロス。今度はいったいどんな厄介事を持ってきたのよ?」
「そんなぁ・・厄介事だなんて……はっはっは」
「笑ってごまかすなんて……ガウリィ並の知能ねっ!」
 あたしの言葉にゼロスは笑みを凍らせ固まった。
「おい……」
 ガウリィが何か言いたそうだが無視!
「……で本気で何しに来たのよ?」
「いやいや、今のはききました。リナさん……今お暇ですか?」
「見ればわかるでしょ。暇じゃなきゃこんなところでのんびりなんてしてやしない
 わよ」
「でしたらお花見に行きませんか?」
 含みありまくりの笑顔でゼロスが誘う。
「花見だったら今やってるじゃない」
「いえいえ。ここでも花は見れますけどここよりもあそこの方がもっと凄いのが
 見れますよ」
 そう言ってピンクの山を指す。
「うーん、でも……」
「リナさんのために、この宿の方に特製花見弁当も作っていただいたんですよ」
 そして背後から取り出したのは子供が一人入るんじゃないかと思う大きさの箱の
十段重ねだった。
「行くわ(はぁと)」
「おい、リナ」
「リナさん……ゼロスさんっ!お弁当でつるなんて卑怯です!」
 しかしお弁当に集中しているリナに仲間の言葉はシャットアウト。
 ゼロスは言わずもがな。
「では、お手をどうぞ」
 ゼロスに言われるままに手を出したリナはその瞬間に姿を消した。
「リナっ!」
「リナさんっ!」
『しばらくリナさんをお借りしますよ』
 慌てるアメリア達に声だけが耳に響いた。


「わ・・あぁ……っ!!」
 リナの口から感嘆の吐息がもれた。
「いかがですか、リナさん?」
「すごいっ!こんなに桜が群生して咲いてるのは初めて見たわっ!!」
「ご満足いただけましたか?」
「うんっ!」
 ゼロスの言葉に上機嫌で返事をする。
「ではお弁当を食べましょう」
「文句なしっ!……でもゼロス、あんた今日はやけに親切じゃない?」
「心外ですね。僕はいつだってリナさんには親切じゃありませんか」
「へぇぇ……知らなかったわ」
 あたしの言葉にゼロスは苦笑する。
 相も変らぬ黒の神官姿はこんな満開の桜の下で妙に浮いている。
 ばくばく……ばくばくばく……ばくばくばくばく……。
「ごくん。……あんたはいらないの?全部食べちゃうわよ」
「僕たち魔族に人間と同じような食物は不要ですよ」
「あ、そう……それにしてはよくあたしたちと食事してるじゃない」
「それはリナさんと一時でも長く一緒にいたいからです(はあと)」
「なっ……へ、変なこと言わないでよっ!!」
 ゼロスの言うことなんて嘘だってわかっているのに顔があつくなる。
「正直に言っただけなんですけどねぇ……」
 いつものにこにこ顔を少しもゆがめずに言われても信憑性はないわよ!
「それより、リナさん」
「何?」
「桜……よく見ておいたほうがいいですよ」
「……どうして?」
「それは……」
「秘密です、とか言ったら二度と口きいてあげないから」
「うっ、それは困ります。まぁ言いますけど桜は今年限りもう二度と見れなくなるからです」
 リナとゼロスの間に冷たい風が吹きぬけた。
「どういう意味よ……?」
「言葉どおりです。桜は二度と咲くことはないでしょう」
「……はぁ?」
 疑問符を顔に浮かべたあたしは次の瞬間、閃いた。
「もしかして……ここの桜こんな風に咲かせたのゼロスの仕業?」
「ご名答です、リナさん。本当は枯らしてしまっても良かったんですけどリナさんがいらっしゃるんで最後に一度だけ咲かせることにしました」
「・・しました、て……そんな横暴なことが許されると思ってんのっ!!」
 思わずゼロスに掴み掛かる。
「仕方がありません。いちばんを無くすためですから」
「いちばん?・・・何のことよ?」
「だってリナさん、言ったじゃありませんか」

『桜て綺麗よねぇ……』
『そうですか?』
『うん、いちばん好き』

 一年前の春……花曇りのある日……

「そ、そんなのいちいち覚えてないわよっ!」
 嘘である。
 実はばっちり覚えていたりする。
 だってあの日は……ゼロスと二人だけで月を見た日。
「リナさんは覚えていなくても僕は覚えています。あれほどたかが花一つに……
 滅ぼしてやりたいと思ったのは初めてですからね」
「つまりなに……ゼロスは桜が嫌いなの?」
「ええ、あの日貴女の『いちばん好き』なものだと知った瞬間から……」
 ゼロスの紫色の瞳、魔族の瞳があたしを見つめる。
 ……でもあたしはその瞳が嫌いじゃない。
「……そんなにあたしのこと嫌いなんだ」
「……は?リナさんのことが?ち、違いますよ!僕はリナさんの好きなものが嫌いなのであってリナさんが嫌いなわけじゃありません!」
「それならどうしてそんなに桜を嫌うのよ?」
「……リナさんゆえに」
 ふわりと漆黒のマントに包まれる。
「あたし、ゆえに……?」
「リナさんの、『いちばん』は常に僕でありたいと思うのは……駄目ですか?」
 うっ・・そんな滅多に見せない真面目な顔して言わないでよ……。
「リナさん……」
「……」
「リナさん……答えてくれないとキスしちゃいますよ」
「なっ!?」
 どうしてそうなるのよ!!
「はぁぁぁ、ゼロス……つまりあんた桜に嫉妬したわけね」
「嫉妬?……ああなるほど。こういうのを嫉妬と言うんですね」
 こ、こひつは……。
「ねぇ、ゼロス。桜……来年も咲かせてあげて。街の人も困るだろうし。あたしも見れないのはつまんないし」
「嫌です」
 即答するか。こいつは。
「・・あのね、ゼロス。確かにあたしは桜がいちばん好きだって言ったけど……
 それは花の中で、ていう意味だし……あんたと比べられるもんじゃないのよ」
「……。……」
 んー、まだ納得しないか。
「あのねっ!一回しか言わないからよく聞きなさいよっ!」
 ゼロスの目を見つめて襟首をつかんで引き寄せる。
「ゼロス・・・あんたは、あんたはねっ……一番とか二番とかじゃなくて……
 特別。『特別』好きなんだからっ!!」
 あー、もうこいつのせいでこーんな恥ずかしいこと言っちゃうなんて。
 リナ=インバース、一生の不覚!
「リナさん……もう一回言ってください」
「やだ。一回だけって言ったでしょ!」
 ケチですねぇといつもの笑顔に戻りながらゼロスはあたしを抱きしめていた腕をゆるめた。
「リナさん……真っ赤ですよ」
「う、うるさいわねっ!!」
 くすくす。
「仕方ありません、リナさんのお願いですから……その代わりにリナさんから嬉しい言葉を聞かせていただきましたし」
「も、もうっいつまでくっついてんのよっ!!さっさと放れなさ……っ!!!」
 ちゅっ。
 頬に唇の感触。
「ぜ、ゼロスーーーっっ!!!」
「唇はまた後日」
「っっっ!!!!」
 やっぱりこいつは……こいつは厄病魔族だーーっっ!!