~前編~


 とぼとぼ・・・・・・・とぼとぼ・・・・・・
 
 ぴた。
 立ち止まって見上げた空には『これでもかっ!』と言わんばかりに輝く真夏の太陽があった。

「・・・たく、暑いわねぇ・・・」
 手をかざして顔に影をつくりながらリナがそう漏らすと後ろの三人も同様
に頷いた。顔には疲労の色が濃い。

 はぁぁぁぁぁ・・・・。
 深く、ふか~くため息をつく。
 
 二日前の元気よ・・・・・・今いずこ・・・・?



 事の起こりは二日前の朝。
 ゼロスの持ってきた情報に端を発する。


 いつもの朝、いつものリナとガウリィの朝食争奪戦・・そこへいつもの笑顔で登場したゼロス。
「おはようございます、リナさん。ついでに皆さんも」
「俺たちはついでか?」
「はっはっはっ嫌ですねぇ、ゼルガディスさん。そんなの当たり前じゃありませんか」
 ゼルの殺気が膨れ上がった。
 ・・・やれやれ。
「ゼロス。あんたゼルでからかいにわざわざ顔出したの?」
「まさかっ!僕はリナさんの顔を見るために来たんですよ」
ビォーーンッッッ!!
ザクッ!!!
 ゼロスの顔の横の壁にフォークが突き刺さった。
「冗談言ってないでさっさと用件言わないとゼルを放すわよ」
「・・・・・おい」
 リナの言葉にゼルが俺は犬か、とぶつぶつ言っているが無視。
「本当ですよ~、冗談じゃなくリナさんにお会いしに来たんですから。でも今日は皆さんに耳よりな情報がありまして」
「いらない」
「・・・・・・・・・は?」
 リナの即答にゼロスが笑顔で固まる。
「だってゼロスが持ってくる情報ていっつも厄介ごとなんだもん」
「う゛・・・そ、そんなこと言わないで聞いてくださいよぉー」
「い、や(きっぱり)」
 まさに取り付くしまもないとはこのことだろう。
「なぁ、リナ。聞いてやるぐらい良いじゃないか。ゼロスが可哀そうだろ」
「ガウリィッ!余計なこと言わないのっ!!」
 そりゃあガウリィは持ち前のくらげ頭のおかげで今までのもろもろの厄介ごとを忘れてるからいいかもしれないけど・・。
「・・・・そうですか。異界黙示録の写本のことだったんですが・・・」
「・・でどういう内容なの?」
 ずしゃぁぁぁっっ
 リナのあまりの変わり身のはやさにガウリィが突っ伏す。
「お前なぁ・・・」
「だってゼロスがあたしたちに写本の情報を流すなんて滅多にないことだもん。何か理由があるんでしょ」
「はい」
「たとえば・・・ゼロスの手に入らないところにあるとか?」
「さすが、リナさん♪ご名答です。写本がある場所はわかっているんですが・・その場所の結界が魔族の僕では解くことが出来ないようなんです」
 何時の間にかちゃっかりとリナの隣の席に座り、話を進めるゼロス。
「ふーん・・ゼロスでも解けない結界てどんな・・・」
 やつなの?と続けようとしたリナを遮りアメリアががたん、と椅子を引いて席を立ち、ゼロスを指差した。
「それは即ち正義!!正義の結界に他なりません!!生きとし生ける者の天敵、百害あって一利なし!生ゴミ魔族ゼロスさんには到底解けようもありませんっ!!」
 そう叫ぶと拳を握って遠い目をする。
 取り合えずアメリアは放っておくことにした。相手にしていると話が進まない。
「・・・まぁ、異界黙示録の影響で起きた結界というのが妥当なところでしょう」
「・・・てことは神族の結界?異界黙示録て・・・確か水竜王の知識のかけらでしょう?」
「ええ。確かにそうなんですがどうも写本が人の手を介する間に妙なことになったようで・・・ごちゃごちゃになってまして」
 なんなんだそりは・・・。
「・・・であたしの神滅斬で結界をぶった切ってでも欲しいの?」
「はい」
 にこにこにこ。
「報酬は?」
「・・やはりそうきましたか」
「当然よっ!この天才美少女魔道士リナ=インバース!ただ食いはしてもただ働きは死んでもしないのわっ!!!」
 言い放った少女の言葉に片隅で小さくなっている店主の顔が不安そうになった。
「では、見つかった写本がゼルガディスさんの捜しているものであったときはお見せするというのでは?」
「うーん・・もう一声!だってそれじゃあ本当にその写本に知りたいことが書いてあるのか無いのかわかんないじゃない」
「僕を信用して下さらないんですか?」
「うん」
「しくしくしくしく」
 リナの即答にゼロスがいじけた。
「リナさん!酷いですよ!!こんなにいつも僕はリナさんに尽くしているというのにっ!!」
 いつ尽くした?いつ?
 リナはジト目でゼロスを見つめる。
「・・・わかりました。ではもし僕よりも先に皆さんが写本を見つけられたときはご覧になっても構いません」
「何かあんまり違わない気もするけど・・・ま、いいか。あんたより先に見つければいいんだもんね」
「ええ、その通りです」
 にこにこにこ。
 その笑顔の裏でいったい何を考えているのやら・・・。
「で、その遺跡の場所は?」
「砂漠の中です」
 あっさりと言い放った。


・・・・というわけで今に至るのである。
 あたしたちは真夏の太陽の下、とぼとぼと砂の上に歩を進めている。
 そこっ!!
『な~んだ、砂漠かよ』、て馬鹿にしたでしょうっ!!
 ここはただの砂漠じゃない。
 近隣の町や村の人々が「死の砂漠」と呼んで誰も足を立ち入れようとしない禁断の地なんだから!!
 しかしそういう場所だからこそゼロスの話にも信憑性が出てくるというも。
 暑さなんぞ「ぺぺぺっ!」と吹き飛ばしお宝をあたしのものにっ!!
「・・・・なぁ、リナ・・・遺跡まだかぁ?」
 あたしの隣で半分溶けかかっているガウリィが尋ねてくる。
 う~ん・・確かにガウリィは魔法使えないぶんあたしたちより暑いだろうし。
 ガウリィ以外は弱冷気の魔法で多少は暑さをしのいでいるぶんまだ元気だ。
(・・・・あくまでガウリィに比べたら、だが)
「ゼロスの話だともうすぐだと思うんだけど・・・」
「何でその当の本人がいないんだ」
 いたらいたでムカツクが、いないのも又ムカツクらしい。
「さぁ・・・また何か企んでんじゃない?」

『おやおや、心外ですね』
「「ゼロスッ!」」

「皆さん、お待ちしてましたよ」
 シュンッと目の前に現れたゼロスが優雅に一礼する。
「お待ちしてました・・・て何もないじゃない」
 360度視線を巡らしても砂以外何一つない。
「いえ、ありますよ」
 そう言うとゼロスは錫杖をトン、と砂についた。
「えっ・・」
「うわっ・・」
「きゃっ・・」
 突然の足元の消失に各々叫び声をあげる。
 視界いっぱいに砂けむりがたちのぼり、あたしたちはどんどん落下していく。
「おっと・・危ないですよ、リナさん♪」
 空中でゼロスに抱きとめられた。
「あ、あんたねぇっ!自分でやっといて危ないも何もないでしょうがっ!!」
「いやぁ、はっはっは・・照れちゃいます」
「誰も褒めてなーーいっっ!!とにかくさっさと放しなさいよっ!!!」
「えぇーっ、いいじゃないですかぁ」
 こ、こひつは・・・・(怒)
「あたしなんか助けるより、ガウリィの奴助けてよ。あいつ魔法使えないんだから」
「嫌です」
「・・あのねぇ・・・」
 こいつあたし以外の奴・・本気でどうでもいいと思ってるな・・・。
「大丈夫ですよ、砂がクッションがわりになりますから」
「っだったら!!」
「リナさんは女性ですから」
「・・・・はぁ?」
「リナさんが運動神経が抜群なのはよくわかってますが万が一ということがありますからね。着地に失敗して腰でも打ったら大変ですから」
「な・・・そ、そんなこと・・・あたしが腰打とうが頭打とうがゼロスには何も関係ないでしょうがっ!」
 腕の中で思いッきし暴れてやる。
「ダメですよ、元気な赤ちゃんが産めなくなったら大変ですから♪」
 僕にとっては重要な問題です・・とゼロスが続ける。
「な・・・なっ、なななななななな」
 顔に火がついたように熱くなる。
「リナさん・・顔、真っ赤ですよvv」
 くすくすくす。
「う、うるさいわねっ!!」



「おーいっ!リナっ、ゼロスっ!何やってんだーっ??」
 あたしとゼロスが言い合っていると先に下に到着(落下?)したらしいガウリィの声がした。
「ほら、ゼロスっ!さっさと降ろしなさいよっ!!」
「もう、リナさん人使いが荒いんですから」
 あんた人じゃないだろうが・・・。
「よっ・・と、皆大丈夫だった?」
「ああ」
「もちろんです!」
 そうよね・・・アメリア高いところ好きだもんね。
 取り合えず皆の無事を確認すると改めて回りに目を走らせた。
「・・何でこんなに明るいの?」
 誰もライティングを使ってる様子はないし・・・。
「光苔だな」
 ガウリィが壁に生えているのを少しとってみせる。
「・・ということはこの周りのやっぱり石なんだ・・・砂じゃなくて」
「黒曜石ですよ」
 ゼロスが答える。
「黒曜石?でもそれって確か・・・もろいでしょう?危なくない?」
 こんなところで砂に埋まって一生を終えるなんて絶対に嫌だ。
「黒曜石は石自体はもろくはありません。非常に硬い石ですよ」
「ふーん・・でも何でそんなものが砂漠の下にあるわけ?」
「元は砂の上にあったんですが時間が経つうちに砂の中に埋まっちゃったみたいですね。はっはっは」
 ・・・・笑い事じゃないだろう。
「それで異界黙示録の写本はどこにあるんだ!」
 ゼルがゼロスにせまる。
 うーん、かなり必死ね。当たり前だけど。
「この先です。ここはちょうど回廊部分にあたりまして先に行くと広間に通じる門があるんですけどそこから例の結界があって入れなくなっているんです」
 話している間にも先に進むあたしたいの足音がカツカツ響く。
 かなり広い空間だ。
 ふと見上げれば時折あちこちから砂が落ちてきている。
 ・・・いったいここが砂に埋もれてどのくらい年月が経っているんだろう。
「ねぇ、ゼロス。ここってもともとは何の遺跡だったの?」
「裁きの庭です」
「・・・何それ?」
 聞きなれない単語に再び尋ねる。
「まぁ、神殿のようなものです。ただし普通の神殿とは違ってここの神殿は人を裁くために設けられたものらしいですが・・」
 話すうちに少し広い場所に出た。
 太い円柱の柱が両脇に並び立ち中央に噴水らしきものが置かれている。
「おい、リナっ!水だぞっ!」
「本当です!リナさん!来て見てくださいっ!」
 はしゃぐな・・ガウリィ、アメリア・・・。
「なに言ってんのよ!こんな砂の下に水なんて・・・・・・・・・・なんで湧いてんのよっ!?」
 近寄ってそのなつかしい青色に驚いた。
 ほら、ずっと黄色の砂ばっかりだったから・・・。
「おや、本当ですね」
 どれどれ、とゼロスが触れてみる。
「普通の水ですね。リナさん水浴びでもされます?」
「・・・あのね・・・・」
 あたしたちは遊びに来たんじゃないのよっ!!まったくどいつもこいつも!!
「それよりゼロス。これだけの遺跡が砂に埋もれるのって結構時間がかかると思うんだけどいったいどのくらい昔のものなのよ?」
「はぁ、確か・・・千年以上は昔だったような・・・」
「千年以上、て・・・もしかして降魔戦争より前のものなの!?」
「はい。まぁ埋まりはじめたのはそれより後ですけどね」
 あたしは拳を握った。
 それってすっごいお宝が眠ってそうじゃないっ♪
「よしっ皆!気合いれていくわよっ!!」
「「おうっ!!」」
 う~ん、皆欲望に忠実ね。

 あたしたちの目の前に現れた門は見上げるほどに高く巨大だった。
 だが、それだけだ。
 一見したところ何か仕掛けがあるようでもないし、何かの魔法がかかっているようにも思えない。ただの黒光りする門だ。
・・・・・ゼロスに担がれたか?
 あたしの視線に気づいたゼロスが、それでは、と前に進みでる。
「皆さん、見ててください」
 ゼロスが門に手を伸ばした。
 その手が触れようとした瞬間、
ビシィィッッッ!!!
 衝撃が走り、ゼロスの手をはじきとばす。
「・・というわけです」
 へぇぇぇぇ!
 あたしは走りよって観察する。
「ゼロスがはじかれるなんて相当強力な結界ね♪」
「何かリナさん嬉しそうなんですが・・・」
「気のせい、気のせい♪」
 適当にゼロスをあしらい、あたしも結界に手を伸ばしてみる。
「気をつけて下さいね、リナさん」
「わかってるわよ」
 ゼロスの言葉にそろ~と手を近づける。

 するっ。

「え・・っ!?」
 何の抵抗もなくあたしの手は門を・・・・・突き通った!?
「ちょっ・・・!?」
「リナっ!?」
「リナさんっ!?」
 皆の驚く声を聞きながらあたしの体はどんどん門に吸い込まれていく。
 何で・・・何であたしははじかれないのっ!?
 混乱した頭でゼロスに目を向けると、ゼロスもどうやらこの事態は予想していなかったらしく驚きに紫色の瞳を見開いている。
 こらーーっ!!ゼロスっ!!驚いてないで何とかしなさいっっ!!
 そんなあたしの叫びもむなしく・・・とうとうあたしの体は門に全身吸い込まれてしまった。

 
 
 取り敢えず・・・真っ暗な空間にあたしはいた。
「明かりっ!」
 呪文に答えて光が生まれる。
 どうやら魔法は使えるらしい。
 ちょっと安心。
 見回せば広い空間。先ほどと違うのは前面に白壁でひんやりとして空気が漂っていること。
 この空気は・・
「確かに神殿よね~、この独特の雰囲気。・・・あ、それよりもお宝さんっ♪」
 いきなりのこの事態には少しばかり(どころじゃない)驚いたがゼロスが入ってこれない今こそ絶好の機会っ!!
 これを逃す手はないだろう。

   『リナ=インバース』
 
「・・!誰っ!?」
 突然かかった声は低く重厚に腹に響いた。
 
  『リナ=インバース 汝 罪を犯せし者よ』

 何人もの声が重なったような・・・。
 どこから、いったい誰が発したものなのか・・・?
「ちょっと、勝手に罪人にしないでよっ!姿も見せないで卑怯よっ!!」

 『我ら姿なき裁きを与えるもの 
  法廷に立ち入りし者 リナ=インバース 
  汝の犯した 罪を裁く』

「はっ、勝手なこと言わないでよねっ!何であんたたちなんかにあたしが裁かれなきゃいけないのよ!!」
 自分の言葉を無視する相手にリナの堪忍袋が限界に近づいていた。
 ・・・いや、限界をむかえていた。
 リナの手にカオス=ワーズとともに光が集まっている。
「竜破斬っ!!!」
 赤く集結した光が天井に向かってはしる!!
 たとえこの建物が瓦礫と化そうが知ったことじゃない!!

 ・・だがその予想に反して赤光は白壁に吸収された。
「な・・・っ!?」

 『リナ=インバース ここでは魔法は通用しない
  大人しく裁きを受けるがよい』

「はい、そうですか・・て大人しくできるわけないでしょっ!!突然こんなところに連れてきて裁きを受けよ?ふざけんじゃないわよっ!!!」

 『弁明の余地は与えられる それは裁きを受ける者の権利だ』

「あ、そう・・・。じゃ、もう裁きでも何でもいいからとっととはじめて!!」
 ゼロスの奴・・・後でしばく。絶対しばく。
 こんな事態を招いた要因=元凶であるゼロスに怒りの矛先は向いた。

  『罪状・・・』
 広間に声が波紋のように広がっていく。

  『リナ=インバース 汝の罪は 魔族を愛したこと』