私のもの!


「ルシア~、ルシアちゃんーっ!」
 リナの声が家の中に響く。
 ・・・・・と。


「まぁま~っっ!!!vvv
 


 甘えるような声で、どこからともなく赤ん坊がリナの腕に落ちてきた。
 ふわふわの綿菓子のような金髪に、青い瞳がきらきらと輝き信じられないほどに可愛らしい赤ん坊。
 ようやくはいはいが出来る程度の小さな赤ん坊だ。

 ・・・・が、しかし。


「ルシア、またどこかに行ってたでしょ?」
「まぁま、まぁま・・・あのね!ルシアね!」
 まだまだ舌足らずで、たどたどしい口調ながら何かを一生懸命リナに訴えようとしている。
 涙が出るほどに可愛らしい。
「ルシア。ママとの約束覚えてる?」
 だが、その可愛らしさに負けることなく、リナはルシアの顔をのぞきこんだ。
「・・・・・・・・。・・・・・・・・」
「ひとりで、お外に出たらダメ、て約束したでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなしゃい
 今にも涙が落ちそうな目で見上げられ、リナは、はぁぁと大きく吐息をついた。
 
 腕の中で、許して許してとばかりにリナを見上げるルシアは、生後半年。半年、なのである。
 セリスの時もそうだったが、どうも成長速度が人間とはまるで違うらしい。
 だが、セリスのときはいきなりどこかへ空間移動して居なくなる、なんてことは無かったのだが・・・・。
 もしかするとルシアの能力はセリスを超えるのかもしれない。
 それはともあれ。
 母親のリナにとっては、とんだ『お転婆娘』なのだ。
 救いなのは、どこへ消えるのかは不明だがリナが呼べばちゃんと帰ってくることか。
 だから、今までリナは甘くみていたのだが・・・・。


「ルシア、急にどこかへ言っちゃったら・・・ママ凄く心配するの。ルシアに何かあったんじゃないかって心配で 凄く悲しいの」
「まぁま・・・ごめんなしゃい、ごめんなしゃい」
 ルシアはついに、青い瞳から涙を落としてリナにぎゅ~っと抱きついた。
「今度からどこかへ行くときには、ちゃんとママに言ってくれる?」
「いう~!ルシア、まぁまにいう~っ!」


「・・・・ずっとそのままどこかに行っちゃえばいいのに・・・」
 母娘の語らいが行われているリビングの隅でこっそり呟いたのは、セリスである。
 ルシアが生まれてからというもの、リナに構ってもらえる時間が格段に減ってしまったセリスは少々すねていた。
 ルシアが消えている間はリナを独り占めできるとあって、セリスにとってはその回数が頻繁なほど大歓迎だ。
 だが、その小さな呟きはリナへは届かなかった。
 かわりに・・・。
 ちらり、とルシアの視線がセリスを捉えた。


「まぁま、ルシアね~っ!もうどこにもいかない!ずっとまぁまといっしょにいる~っ!!」
「・・・っ」
 聞き捨てならないことを耳にした、とばかりにセリスが目を見開く。
「ルシアは、だいすきなまぁまとずっとずっっといっしょにいるの~っvvv
 ルシアはリナに抱かれたまま、ぎゅ~っとしがみついて離れない。



【ルシア!・・・お前、いい加減にしろよっ!】
【ルシア~なんのことかわかんない~~っだ!】
【リナママはお前のだけじゃないんだからな!】
【リナまぁまはルシアのだもん!私のまぁまなんだもんっ!!】

 以上、アストラルにおける兄妹の会話である。
 兄妹で母親を取り合うというのはよくあること。傍で見ている”全く何もわかっていない”他人には大層微笑ま しく見える光景ではあるが、この兄妹の・・いや、父親であるゼロスと兄妹のリナに対する独占欲にはとても ”微笑ましい”なんてレベルで収まりきるものでは無い。
 


「・・・リナさん」
「あれ、ゼロス。帰ってたの?」
「・・・・・ひどいです・・・・リナさん・・・・しくしくしく」
 相変わらず獣王にこきつかわれているゼロス。今日も今日とて死に物狂いで超特急で仕事を済ませてきた というのに、愛しの妻=リナは何ともそっけない。

 (ああ、新婚の頃はもっと・・・・・・『ゼロス!』『リナさん、ただいま帰りましたv』『・・・お帰りなさい!あたし、ゼロスが居なくて寂しかった・・っ』『リナさん・・っ!僕もです!』・・・・なんてラブラブしていたのにっ!!!)

 ただの妄想である。そんな事実は一切無かった。

「僕よりルシアのほうがいいって言うんですかっ!?」
「うん」
 あっさり頷かれてしまい、ゼロスは撃沈。
 妻というのは子供が出来てしまえば”母”となり、旦那など省みなくなるものである。
 父親だって娘ともなれば猫可愛がりするものだが、魔族であるゼロスにはそんなもの当てはまらないだろう。
 リナを『愛している』ということすら、奇跡というか、悪夢というか・・・。


「リナさんは・・・リナさんは、僕の奥さんなんですっ!マイハニーvなんですからっ!」

「・・・・。・・・・・」
 リナがゼロスに呆れた視線を注ぐ。
 子供と張り合ってどうするというのか、この魔族は・・・・。
 そんなリナの腕の中でゼロスとのやりとりを見つめていたルシアがはいはい~っ!と手を挙げる。


「リナままはリナままは!ルシアの・・すぅぃーとらばーっvなのぉっ!!!」

「・・・・・・ルシア、どこでそんな単語を覚えてきたの・・・んん?」
「え、えと・・・えと・・・・えーと・・・・」
 問い詰めるようなリナの視線に、何とか誤魔化そうとするルシア。彼女は生後半年である。
 一方ゼロスは、何となくルシアの『すぅぃーとらばーv』『マイハニー』が負けた気がして精神的ダメージに 打ちひしがれていた。


 どんっ!


「っきゃ!」
 リナはいきなりの腰への衝撃に小さな悲鳴をあげる。
 今まで大人しくしていたセリスが参戦してきたらしい。リナの腰にしがみついている。


「リナママは・・・僕の、エンジェルハート・・・なのっ!!」

「・・・・・・・・。・・・・・・・・・」
 ここまで来ると何のことだか訳がわからない。



 頭痛と共に眩暈がリナを襲う中、いつの間にか復活したゼロスと、リナの腕の中のルシア、腰にしがみついた セリスはどれだけ自分がリナを好きなのかと思い思いにと言い合っている。

 ・・・・・平和、なのだろうか?
 平和、なのだろう。
 たぶん。おそらく。

 何か違うような気もリナはかなりするのだが・・・・・・・・・


 そういうことにしておこう。
 とりあえず。






「もうっうるさいーっ!!竜破斬っ!!!


 静かにしてもらおう。