それから数ヶ月、人間でいう臨月を迎えるまでリナは比較的静かに・・・まぁ世間一般に
比べればそうはいえないかもしれないが・・過ごしていた。
「今度は女の子がいいですね、リナさんv」
「あたしは別にどっちでもいいけど・・・」
リナは愛しげに柔らかい表情で自分のお腹に手を当てる。
「元気で生まれてきて欲しいわね」
「ママ!僕、妹がいぃ~っ!」
「あら、セリスも女の子がいいの?」
瓜双子なゼロスとセリスがリナの言葉にこくこく、と力強く同時に頷く。
「・・・・・・・」
まぁ、確かに生まれてくるのが男の子でまたゼロス似だったりしたら・・・・・
何だかさすがに嫌だ。
「・・・そうね、女の子がいいかもね」
リナはははは、と笑ったが額にわずかに冷や汗が浮かんでいた。
しかし、不思議なものである。
リナは騒がしい二人を臨時に用意した家に追い立てると、病室のベッドの上で考えに
ふけっていた。
魔導士協会の公式な記録によると、魔族には生殖能力が無いとされている。
だが、実際ゼロスとリナの間にはセリスと・・これから生まれてくるもう一人子供が存在する。
セリスの場合は・・・まぁ、特殊な事情が重なっていたといえるだろうが、今回のこのお腹の
中の子供は全く普通に、人間のようにリナのお腹の中で育っている。
ということは、もしかして魔族には生殖能力が無いというのは人間の誤解だったのかと
ゼロスに問い詰めてみたところ、笑顔で『そんなものありませんよ♪』と返された。
ますますリナは混乱する。
じゃぁ、このお腹の中に存在するこの子は何なのよ?である。
『決まってるじゃ、ありませんか!』
『・・・何が?』
『僕とリナさんの愛の奇蹟ですっ!』
・・・イカれた魔族は放っておこう。
やはり、これは元々リナが人間である、ということが関係してくるのかもしれない。
未だに自分が魔族であることを受け入れてはいないリナだったが(なかなか往生際が悪い)
向こうがダメならこちら側ということだ。
「ふ・・・ま、いいけどね。どんな理由にしろ・・・」
生まれてくる命の大切さに変わりは無いのだから。
母性は好奇心を凌駕する。
そして、深夜。
リナは陣痛がはじまり、ゼロスとセリスが大慌てで病院に駆けつけた。
「う゛・・・い、痛い゛ぃぃぃ~~~~っ!!」
もともと痛みに弱いリナの手がぶるぶると震えてシーツを掴む。
その指が力の入れすぎで真っ白になり、顔は蒼白で紅玉の瞳から涙がにじみ出ている。
「あぁっリナさんっ!!」
「リナママっ!」
痛さなんてものに無縁のゼロスとセリスはリナのただごとでは無い様子にただおろおろと
リナのベッドの周囲をうろついている。
全く役に立っていないように見えるが、ときおり八つ当たりで放たれる魔法の直撃を受けて
病院の被害を最小限に食い止めている。
「リナさんっリナさんっ・・・頑張って下さいね!」
「リナママっ!頑張って!!」
魔法でぼろぼろになった姿でリナを励ます様子は涙を誘う。
産婆に指示された呼吸法を繰り返しながら、リナは一瞬、笑顔を浮かべた。
「あ・・当たり前でしょ・・っあた、しを・・誰だと思って・・の!て・・天才・・美少女、魔導士・・・
り・・・リナ、インバースよっ!!」
それはこの際どうでもいいとは思うが、気合の掛け声というものだろう。
習慣というのは恐ろしい。
「ほら、頭が出てきた!もうちょっとだよ!きばりなさいなっ!」
産婆の言葉を受けて、リナがん~~~~っ!と力む。
そして――――・・・・・・…
「ぅ・・ぎゃあっ!おぎゃぁっ!!」
元気な産声が病院内に響き渡った。
産まれてきたのはゼロスとセリスが望んだとおり、女の子だった。
綺麗な金髪に、ちょっとだけ覗いた碧眼・・・・派手な容姿だ。
ゼロスとリナのどちらも持ち得ない色彩を有した、可愛らしい女の子。
「・・・・・誰に似たの?」
リナの呟きにゼロスが困ったように頬をかく。
「えーと、何だか・・・・不遜ながら獣王様にそっくりです」
つまりは何だ。
隔世遺伝というやつか。
「ほんとだ・・おばあちゃまにそっくり・・・性格まで似ないといいけど・・・」
「「・・・・・。・・・・」」
セリスの痛い一言にリナとゼロスの顔がひきつる。
「いやまぁ・・・ははは・・・とにかくご苦労様でした、リナさん」
笑って誤魔化し、ゼロスはリナに労いの言葉をかける。
「本当、今回は大変だったわ・・・へとへと・・・」
「リナママっ!この子の名前は?」
セリスが早く教えて、とせがむ。
子供の名前はリナが決める、と宣言しているのだ。
「この子の名前はね・・・」
リナは自分と並んで横で、すやすやと眠る我が子の顔を優しく撫でる。
「名前は?」
「この子の名前は・・・・『ルシア』」
古の言葉で”光”を意味する言葉だった。