月日が流れるのは早いもの。
けれど、それ以上に早いのがセリスの成長で、生まれてからまだ3年しか経過
していないというのに、すでに7,8歳の外形にまでなっていた。
もともとゼロスにそっくりということで人間よりは、魔族により近いと思われるセリスの
ことだからそれも仕方の無いところではある。
もっとも旅を再開することに決めたゼロスとリナにとって、それは一般市民に余計な
気をつかわれなくて、都合がいい。
かくして、ただ今。リナとセリスはある街の宿に滞在していた。
ゼロスは獣王に呼び出されて、仕事の真っ最中でここには居ない。
『すぐに!すぐに帰ってきますから置いていかないで下さいね!リナさんっ!!』
まるで妻が実家に帰ることを恐れる夫のような、すがりつく言いざまにリナは
口元をひくひくと歪ませていた。
「そろそろ買出しに行かないといけなわねぇ」
リナは宿の一室で荷物の確認をしつつ呟く。
「リナママっ!おかいものに行くのっ?」
それを耳ざとく聞きつけたセリスがおもちゃがわりのレイピアを壁に投げつけ
リナのもとに駆け寄った。
「そっ、お買い物♪ちょうど煩いあいつも居ないことだしゆっくり見れる・・・
セリスは何か欲しいものある?」
「ゆびわ!」
「・・・指輪?」
意外な言葉に荷物を整理していたリナの手が止まる。
「だって、パパもママも持ってるのにぼくだけ持ってないもん!」
なるほど。
リナは自分の左手に嵌まっているルビーの指輪に触れた。
・・・・ゼロスに貰った、『結婚指輪』だ。
光の加減で濃い紫にも色を変える、それ。
今でも貰ったときのことを思い出すと・・・笑いが止まらない。
言うとゼロスがすねるので・・・たまにしか思い出しはしないのだが。
「そうね、セリスにも買おうか?」
「うんっ!」
「だけど薬指にはめるのは本当に好きな人ができてからね。それまではこっちの
右手にはめておくのよ?」
「はーいっ!」
セリスは元気のいい声とともに、了解!と手をあげた。
「セリス、どんなのがいい?」
食料を買い占める前に宝石店に立ち寄ったリナは並べられている数々の指輪を
真剣にみつめるセリスに背後から声をかけた。
「えーっとね、ママの目と同じ色のがいいっ!」
「では、こちらなど如何でしょう?」
すかさず店員がにこやかに品物を差し出した。
果てしてこの7歳程度にしか見えないセリスがするものとわかってのことだろうか?
ちょっと疑惑を抱きながら、リナは同じくにこやかに店員を見遣った。
その瞬間、わずかに店員の営業スマイルが崩れて、リナの笑顔に見惚れたように
見えたのは気のせいではないだろう。
「見せてもらえるかしら?」
「どうぞ」
リナの言葉に店員は指輪を台の上に載せて差し出した。
「どう?セリス」
リナの見るところ、石の状態は中の上といったところ。
石事態の価値はそれほどのものでは無いように思われるが台座のデザインとカットが
凝っている。大きさもセリスの指にしてもおかしくないほど。
じっくり見聞するリナの横でセリスもそれをしげしげと縦に斜めにと見つめている。
「・・・・・うんっ!これでいい」
やがてセリスはリナを見上げてこくりと頷いた。
どうやら気に入ったらしい。
「じゃあ、これにするわ。後で取りに来ますからサイズの直しをお願いできます?」
「かしこまりました」
「セリス、指出して・・・ん~、8・・・じゃ大きいわね・・・6・・・てあります?」
「ございます。こちらにサイズがございますから嵌めてご覧になりますか?」
「リナママのサイズは?」
そのとき大人しくリナと店員のやりとりを見ていたセリスが問い掛けた。
「あたし?あたしは8号よ」
「んじゃ、ぼくも8号!」
「・・・・そこまで同じにしなくてもいいの。嵌められないでしょ?」
「首からさげるからいい」
「・・・・・・・・」
指輪の意味ないし・・・。
リナはセリスに不可解な思いを抱きつつも本人がそうしたいというものを止めることも
無いだろうと8号で注文をかけた。
「ママ、ちょっと先に行ってて」
宝石店を出たところでセリスが立ち止まる。
「どうしたの?」
「ゆびわが出来るのここで待ってる」
「・・・・・」
そんなに待ち遠しいのだろうか?
うきうきと落ち着かない様子のセリスに首を傾げつつ、リナは頷いた。
まだこの世に生を受けて3年・・・・けれど、強さはそんじょそこらの魔族では
足元にも及ばないことは確認済みだ。
心配はいらない・・・・いらないが、何だか気に掛かる。
「じゃあ、2時間ほどしたら帰ってくるから、ちゃんとここに居るのよ?」
「はいっ!」
いつもならばついて行く!と聞かないセリスにあっさりと『行ってらっしゃい』と言われ
複雑な親心。
リナの顔がそこはかとなく寂しげになった。
『・・・・・三等賞~~~っ!』
そこへ福引の当たったがらんがらんと言う音が町中に響いた。
「・・まずいっ!こうしちゃ居られないわ!!」
リナは2等の賞品、按摩機を狙っているのだ。
「ママ、がんばって!」
「もちろんっ!」
セリスの声援を受けて、拳を握り締めたリナ。
先ほどの寂しげな表情はどこへやら。
リナは闘志を漲らせて買い物に繰り出して行く。
相変わらず自分の欲求に正直なリナは、セリスの子供らしからぬ意味深な笑みにも
気づかなかった。
1時間後--------------
宝石店の前でリナが帰ってくるのを待っていたセリスは、何やら背負ったリナが
恐ろしく、おどろおどろしい雰囲気でこちらへ歩いて来るのを目撃し、幼いながら
身の危険を感じた。
「・・・ま、ママ・・・・?」
「・・・・セリス、・・・ただいま」
低い、どすのきいた声。
こめかみはには青筋を浮かべ、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「・・・・そ、それ何?」
「ふ・・・ふふふ・・・1等の景品だって・・・ふふふ・・・」
怪しげに笑いながら、リナがそれをセリスの目の前に置く。
「1等・・・それは・・」
良かったね、と素直にセリスは言えない。
だって、それは。
「町長の銅像よっ!・・・・・ほんと思わず、竜破斬かましちゃったわ♪」
そういえば、町の中心から煙がたちのぼっていた。
こういうとき運がいいのも良し悪しである。
「こんなもの誰がいるかって言うのよ!」
リナは言いつつ、倒れた銅像をげしげしと蹴りまくる。
余程、腹に据えかねたのだろう。
「ったく、こんなもの捨ててさっさと帰るわよ!」
「あ、ママ」
「何?」
「これ、はい」
「・・・へ?それはセリスのでしょ?」
リナに差し出された箱には指輪が入っているはずで・・・。
「ぼくからママへのプレゼント♪ちゃんとおこづかい、自分でためて買ったんだよ」
「・・・・セリス」
それで、8号でいいと言ったのか。
「ママの右手はまだ空いてるから、ぼくのはめてね♪」
邪気なく笑って首を傾げたセリスは・・・ゼロスならば気味悪くて爆炎舞あたりで
吹き飛ばしてやるところだが・・・・文句なく、可愛い。
「・・・ありがとう、セリス」
それまでささくれた気分を一気に払拭してリナはセリスをぎゅっと抱きしめた。
「大事にするわね」
「うんっ」
【いつか左手に嵌めてもらえるときまでね♪】
感動にひたるリナはセリスがそう呟いたことには・・・気づかなかった。
その夜。
仕事を終えて帰ってきたゼロスはリナの右手にはまる指輪に目ざとく気づき、誤解して
余計なリナの怒りをかい、壮大な夫婦喧嘩がはじまったのだった。
もちろん、どちらが勝ったかは・・・・愚問だろう。