熾烈に光る 27.白日の下に
「!!」
「愚かな魔王。赤の竜神が混沌に還ったという虚言を信じていたの?お前さえこうして人の身に蘇ることが出来るというのに」
に、とルナの唇が笑みを形どり・・・禍々しい。
驚愕の魔王は、目を見開いたまま・・・何か異物でも見るかのように自身の体を…リナの体に視線を這わせた。
「馬鹿な…馬鹿なことを!この身が赤の竜神だと!!それこそ虚言も甚だしい!ならば何故この我が甦った!たとえこの身が竜神の封印を受けていようと、所詮はこの魔王の力に平伏したということであろう!」
そう叫びながらも魔王の顔には疑心が浮かんでいた。
ルナは笑った。空間に響き渡るように。
「愚かな魔王。いえ、魔族。自分たちが卑下する人間という存在を拠り所にしなければ甦りも果たせないというのに偉そうな口を叩かないで。脆弱な精神体。精神体ごときに私のリナが負けるとでも!それこそ馬鹿なことを言わないで!!」
ルナは魔王が投げつける魔力の塊を避けながら、詰め寄った。
「さぁ、リナ。目覚めの時間よ。いつまでも寝てないで・・・・・さっさと起きなさい!!」
「む・・・・っ」
ルナの叱声にびくん、とリナの体が震えた。それは魔王の意図するところでは無かったらしい。
幼い頃から散々本能に刷り込まれた反応だろうか・・・。
「私の小さなリナ。愛する妹。・・・・早く起きないと、貴女の魔族が滅ぶわよ?」
魔王ではない。
ルナが一瞬流した視線の先でガウリィと対していたゼロスが膝をついていた。ガウリィの剣が…その意思がゼロスの力を超えたのだ。
この魔王が作り出した空間だからこそ、物質的なもものではなく精神的なものが強く反映する。
「教えてあげましょう、獣神官。リナから預かった貴方への言葉を」
憎しみの目を輝かせる魔王から視線をそらさず、ルナは面白がるように言葉を綴る。
膝をついていたゼロスが、その言葉にぴくりと反応した。
「 『もし私が死んで、あいつが目の前に現れるようなことがあったら言って欲しいの。それがあいつに対して切り札になるって、そのくらいは自惚れても良いと思う。だから、もし姉ちゃんがあいつと、どうしても戦わなくちゃならなくなった時には、あいつに私はあんたを 』 」
「っ駄目っ!!・・・・ぐっぅ」
魔王の口から出た叫び。それは間違いなくリナのもの。
「どうしたの?・・リナ」
優しく、意地悪くルナが問いかける。
朱色の瞳が、闇と光に激しく明滅する。リナの体の中で魔と聖が鬩ぎあっていた。
「・・・くっ忌々しい…竜神めが・・・っあたしはっまだ…っ!!おのれっ!!」
魔王が身の内から出てこようとする何かを押し留めるように自らの体を抱きしめる。リナの体を依り代として甦った魔王には他の魔族のようにアストラルに逃げ込むことも出来ない。人間としての体に縛られている。
「魔族というのは傲慢ね。それともそのように造られたのかしら?」
彼の母に。
「魔族にも、神族にも呼び出すことの敵わない混沌の魔王。その存在が何故、人間にのみ許されたのか。ただの僥倖だとでも思っていたの?」
「!!」
「魔王と竜神。まさに混沌の存在」
ルナの笑みがますます深くなる。
「ゆえに、ギガスレイブも神滅斬もリナにしか使えなかった。リナにしか使えないからこそ、私はリナにその呪文を得られるように導いた」
そう、全ては今日という日のために。
「ふっははは!そのような戯言!だが!我が意思の中、竜神の目覚めは起こってはおらぬ!ならば、無理やりにでも押し留め滅ぼしてやろうっ!偉そうことを言おうと貴様は、自身の身内であるこの身を殺すことは出来ぬのであろう?」
「リナ」
「・・・スィーフィードナイトといえど、所詮は人間よ!」
「リナ。いい加減、目を覚ましなさい」
「煩いっ!黙れっ!!」
ルナの横を魔王の衝撃波が貫いていった。
「獣神官!」
魔王は身じろぎせず様子を伺っていたゼロスを傍に呼んだ。
空間を渡り、魔王の傍らに移動したゼロスは・・・足元に跪いた。
「そなたの魔の力、我が譲り受ける」
「 御意。我が身その身の一部となる光栄」
理不尽な魔王の言葉に、皮肉屋のゼロスが何一つ反論することなく受け入れる。
その顔には不釣合いに優しい微笑が浮かんでいた。
「ゼロス!逃げるのかっ!!!」
ガウリィが叫んだ。
「何を仰っているのか、わかりませんよ。ガウリィさん」
「リナを好きなんだろっ!愛しているんだろっ!!?」
「 魔族の愛とは、共に滅びを歩むことですよ」
ならば、魔王と、リナと一つとなることは本望といえるだろう。
「馬鹿野郎っ!!そんなことリナの奴が許すと思ってんのかっ!!!」
そこで初めて、困ったようにゼロスが首を傾げた。
「許す・・・そう、きっとリナさんなら 僕、殴られるかもしれないですね」
「よく、わかってるじゃない」
「!?」
弾かれたようにゼロスは背後を振り返った。
「・・・よくも陥れてくれたもんね」
「・・・リ、ナ・・・さん・・・?」
ほんの一瞬前まで魔王であった存在が、今は「リナ」という存在に塗り変わっている。
あれほど色濃かった瘴気が微塵も無い。
跪いたままゼロスは呆然と見上げる。獣神官にあるまじき間抜けな表情を晒していた。
「ふっ・・・・・・」
「・・・・ざけてんじゃないわよぉぅぅぅっ!!!!!」
リナの右ストレートがゼロスの頬に豪快に決まった。
弾け飛んでいく獣神官を、今度はガウリィが呆然と眺めていた。
「う・・・ぅ」
「リナっ!」
呻きながら苦しげに膝をついたリナに、ガウリィが駆け寄った。
「リナ!・・・リナ、大丈夫なのか!?」
「ガウリィ…あんたこそ、生きてたの、ね」
「すまん、リナ。俺は…」
リナの手が、ガウリィの言い訳を止めた。
「姉ちゃん」
「随分とゆっくりなお目覚めね、リナ」
びくぅぅっとリナが体を震わせた。
「魔王はどうしたの?」
「・・・竜神の力を借りて、何とか抑えてる」
だが、魔王の力は強く今にも再び表に出てきそうだった。
その鬩ぎあいに、リナは苦しそうに息をつく。
「楽にして欲しい?」
「ルナさんっ!!」
リナに剣を突きつけたルナに、ガウリィが叫ぶ。
「姉ちゃん」
リナは、顔を上げてルナと向き合った。
「・・・うん、あたしが・・・ただの『リナ』だったら、悲劇のヒロイン気取って魔王もろとも殺してもらうっていうのもありだったかもしれない」
でも。
「あたしは、『リナ・インバース』。『ルナ・インバース』の妹で、どんなことがあっても絶対に、望むことを諦めないって決めたから」
同じルビーの瞳でも、魔王とは違う。リナ自身の魂の煌きが宿っている。
その輝きに誰もが魅せられたのだ。
ルナは微笑み、剣を引いた。
「それでこそ私の妹。魔王ごとき、捻じ伏せてごらんなさい」
「もちろんっ!」
リナの叫びと共に、空間に亀裂が入る。
ぴしっぴしっと軋み、闇の世界に光が差し込む。
そして、光はリナ自身からも溢れ出し、周囲の闇を喰らっていく。
「絶対に勝つ」
静謐な声であるのに、それは全ての者の耳に届いた。
この闇の中に在った者にも。
外で戦っている者たちにも。
そして、世界は。
熾烈に 光った。