熾烈に光る 26.運命は悪戯


 天地の存在しない異空間。
 魔王が創り出した闇の世界で、ルナ・インバースは妹の姿をした魔王に剣を向ける。
 容赦の欠片も無い人の域を超えたスピードと威力で、神の与えし剣を振るう。いつか甦るであろう魔王を倒すためにルナ・インバースは生まれ、その役目を与えられた。
 ルナは生まれた時から異端だった。己が何者かを知り、世界の歪みを肌で感じていた。
 彼女にとって世界とは決して光溢れしものでは無かった。
 

 赤竜の力を乗せた赤い軌跡が空間を走り、魔王に到達する寸前で打ち消される。

「このようなもので我に勝てると思うか!赤竜の騎士といえど所詮は人よ!」

 魔王の嘲笑にルナは表情を微塵も動かさず、淡々と剣を振るう。
 ルナは人の域を超えた力を操ろうと、確かに『人』だった。そうであることを悔しいと思ったことも、歯がゆいと思ったことも無い。人であること。リナ・インバースの姉であること。
 それは彼女の誇りだった。

「魔王シャブラニグドゥ。お前は滅びの間際に己の過ちを知るだろう」

 ルナの静かな声がつむぐ。その頬を鋭い風が切り裂いた。
 鮮血が闇に散る。
 それに怯むことなどなく、ルナはスピードに乗って魔王の体を切り裂いた。
 幻は消える。

「さすが、今までの人とは違う。…存分に我を楽しませてくれ」









「知っていますよ。僕は、確かに・・・そう、リナさんを『愛して』いるのでしょう」

「ゼロス・・・?」
 中空で留まったまま動かないゼロスを、ガウリィが訝しげに見上げる。
「魔族の愛と、人間の愛は随分と違います・・・わかりますか?ガウリィさん」
「・・・・・・・・」
「共に生きることが人間の愛ならば、魔族の愛とは共に滅びへと歩むもの」
 ガウリィは厳しくひきしめていた顔をいつもリナに見せていたようなへらりとした笑顔へと変えた。
「リナは、やっぱり凄いな」
「…ついにおかしくなりましたか、ガウリィさん?」
「ゼロス。お前みたいな最低な魔族でも、愛さずにはいられない。リナの魂は眩しかったか?」
 ゼロスの顔から張り付いたような笑みが消えた。代わりに恐ろしいまでのプレッシャーがガウリィを襲う。
「図星か?」
「あまり賢しらぶったことを言わないほうが良いですよ」
 ゼロスの本体がガウリィの背後から現れる。それを剣で防ぐが威力を殺せず弾き飛ばされた。
「この空間では、人間である貴方に対してさえ力を抑える必要など無いのですから」
「ゼロス。お前は俺のことが嫌いだろう?」
「……」
「リナの傍に居た俺のことが憎かったか?」
「よく動く口ですね」
 リナ・インバースの傍に当然のように居たガウリィ。リナを守ることを当然のように口にして、彼女自身にもそれを認められていた男。リナを『愛していた』ゼロスにはさぞかし目障りだっただろう。
「…けれど、貴方はリナさんに捨てられたでしょう?」
 結界の中で過ごすことを決めたリナはガウリィを遠ざけた。
「それでもお前は不安だったんだろう?リナが人である限り、いつまた結界を出て旅を始めるか…そうなったらきっと俺をまた傍に置くだろうと。そして、俺を選んで人として死んでいくリナの姿を何度想像した?」
 ガウリィを不可視の衝撃が襲う。避けきれず口元から血が流れた。
「ゼロス。お前は俺よりも馬鹿だな」
「…最高の罵り文句ですね」
「お前が、降魔戦争なんてものを始めなければリナは俺を二度と傍に置くことなんて無かっただろう。どんなに俺が望もうと、リナは…絶対に俺を選んだりなんてしなかっただろうに」
「……何を言っているんです?」
「リナはわかっていた。わかって…」



「待っていたんだ!!」



  『魔族を滅ぼすには、凄い武器なんて必要ない。それは手段でしかない。
   必要なのは意思。滅ぼしてやるという強い意思があればいい』


 渾身の力と想いをこめてガウリィは斬妖剣を振り下ろした。














 ルナは美しい顔に、微笑を浮かべていた。

「魔族は愚かね。弱き者を侮りすぎて己の愚かさに気づこうとしないのだから」
 ルナには魔法を使うことは出来ない。
 会話をしながら魔王が繰り出す詠唱なしの魔法を剣のみで打ち消し続けている。それだけで驚異的なことだが…。
「何を言っている」
「リナが何故私の妹として生まれたのか…何故かわかる?」
 可愛い妹。その生がもたらされるよりも遥か昔より決められていた運命を背負っていた。
「我が分かたれた魂がこの身に宿り生まれることを知り、監視していたのだろう」
 くっとルナが口を歪めた。
「幾ら赤竜神とはいえ己が滅びた後にどの人間にいつ魂が宿るかなど把握できる訳などないでしょう。事実、今まで甦ったレゾやルークに監視がついていたかしら?」
 答えは否。リナ・インバースという存在は何もかもが『特別』だった。
 静かになった魔王をルナの目が見据える。
「スィーフィードはお前を7つに分け封印した。神はそれで終わると思うほど愚かでは無かった。長き時をかけお前が人の姿を打ち破り、復活するだろうと見抜いていた。それを見越しての保険が、水・火・天・地の竜王たち。そして…お前が甦りしそのリナ・インバースの体には        






 ルナの剣が、魔王に向けられる。







「赤の竜神(スィーフィード)が同じく封じられた」