熾烈に光る 25.合わせ鏡
闇に身を浸し、精神までも闇に染めた存在に光は禍だ。
だが、この世に真に恐るべき光など存在しようも無い。
そう、それは魔王が自らの手で滅ぼしたのだから。
しかし、その光の気配を纏うものが近づいてくる。
「・・・嫌な光が近づいているな」
「恐らくは、その体の姉であるかと思います。・・赤竜の騎士という称号を持っていたかと」
「ほぅ、赤竜の・・・そうか、ならば少しは楽しませてくれるだろうな・・・このまま滅んでしまうにはあまりに
呆気なく面白みに欠けると思っていたのだ」
「御意」
魔王の足元にある砂が風に煽られ、流されていく。だが、魔王の体であるリナの長い栗色の髪は同じ
ようにそよぐこともなく、静止している。魔王の意志によらず、その存在に影響を与えることが出来るもの
などこの世に何一つも無いのであろうか・・・。
後世、歴史に名を刻むことになるその日。
未明にセイルーンの上空を無数の魔族が取り囲んだ。
空を見上げた民が、叫ぶ。
「ま…魔族だっ!」
魔族との戦いに疲労しきって地に腰を落していた民たちが、声を契機にして一斉に空を見上げる。
ぽつりぽつり、とあった影は次々と増え、雲霞のごとく空を埋め尽くしていく。
尋常では無い魔族の数に人々は恐怖に慄き、城へと向かって助けを求めて走り出した。
それでも彼らの顔には未だに僅かな希望の色がある。
六芒星の守護がある都市には魔族は攻撃できない、という希望が。
だが、それも空から差した一筋の光が民の体を貫いたことで一瞬に絶望に変わる。
「ひ、ひいぃっ!」
絶対に安全な場所では無かったのか。
自分たちはそのために危険を覚悟でここまでやってきたのに。
誰も、自分たちを助けてはくれないのか。
人々の間に狂気が満ちる。
「イヤだーぁっ死ぬのは嫌だぁっ!!」
絶叫しながら、無数の人間がセイルーン中を我を忘れて走り回る。
恐怖、絶望、悲哀、ありとあらゆる負の感情が六芒星の結界に満ちる。
魔族が哄笑する。
虫けらの如く人々を殺し嬲りながら、熟成されていく負の感情を取り込んでいく。
「…哀れよのぅ」
闇の鏡に映った光景を、魔王リナ=シャブラニグドゥは眺めながら目を細める。
憐れみながら口元に浮かぶ微笑は、ぞくりとするほど艶やかで闇い。
足元に跪いたゼロスも笑みを浮かべて同意する。
「我らが母は如何なる理由にして、あれら弱き者たちを生み出し給うたのか。我は不思議でならぬ」
「…糧、ではありませんか?」
畏れながら、とゼロスが告げる。
「…なるほど、糧か。我らも霞を喰ろうて生きているわけでは無いからな」
くつくつと喉を鳴らす。
「されば、ああして醜態を晒すも役目か」
「御意」
ふ、と取り巻く闇に亀裂が入った。
「我が招いた覚えの無い客が訪れようだな」
魔王は動揺した様子も無く、広がる亀裂の中から現れた人影を玉座から睥睨した。
二つの影が、魔王とゼロスの前に並んだ。
金髪の男女。ガウリィ=ガブリエフとルナ=インバースを。
「おや,まだ生きてらっしゃいましたか」
ゼロスはガウリィに視線を送り、笑顔を浮かべながら白々しい台詞を口にする。
「ゼロスっ」
唸るようにゼロスの名を呼び、ガウリィが殺気を込めて睨みつけた。
こんな事態を招いたのはガウリィ自身の愚かさとは言え、ゼロスの行為は恨むに十分だ。
「うるさいわ、ガウリィ」
「う」
ぴしゃりとルナに言われ、ガウリィは口を閉じた。
魔王=リナの視線が、ルナと合った。
「お前が、赤竜の騎士か」
「死に損ないの赤眼の魔王。引導を渡してあげるわ」
凄まじいプレッシャーが両者から放たれる。
「ガウリィ、そっちは任せたから」
「おう!」
ガウリィはゼロスに向かってチャキリ、と剣を向ける。
「貴方が僕に勝てるとでも思っていらっしゃるんですか?」
「勝てるさ」
ゼロスに、魔族に勝つということの難しさを知らぬわけでは無かろうにガウリィはあっさりと返す。
「正直、実力じゃお前さんには劣る。だが、リナはそういう相手にも絶対に負けるなんて言わなかった。あいつはいつだって勝つ気で戦った。…だから、俺も勝つ。勝ってリナを取り戻す!」
「健気ですね。貴方がそんなに長い文章を話したのを初めて聞きました。リナさんもさぞ驚かれることでしょう…もっとも『リナ』という人間はすでに存在しませんが」
「黙れ!…ゼロス、お前だってあいつのことが好きだったんだろう!?」
ガウリィは、知っていた。だからゼロスに嫉妬した。
リナはガウリィを遠ざけたが、ゼロスは違った。
「お前なんかより俺のほうが、…リナを幸せにしてやれる」
「ガウリィさん、貴方は何もわかっていない。リナさんは生ぬるい幸せに浸るより刹那に生きることを選んだんですよ」
「お前こそ何もわかってないさ!」
ゼロスの残像を、ガウリィの剣が切り裂く。
魔族と人、彼らの考えが交じることの無いように二人の考えも一致することは無い。
ただひたすらに平行線を辿っていく。
「ああ、多少は強くなったようですね」
「リナを守るためだ」
「その努力は実らなかったようですが?」
何も無い空間から現れた漆黒の錐がガウリィを襲う。それを動物的勘でかわすと背後に残影が走った。
「諦めない、と言っただろう」
姿を現したゼロスの僧侶服の裾が僅かに切り裂かれている。
「お見事ですよ、ガウリィさん。これだけの実力があるならば、リナさんなんて貴方には必要無いんじゃありませんか?」
「必要とか、何とか知ったことじゃない。ただ、俺が傍に居たいんだっ!」
「必要なんですよ」
眼前に居るはずのゼロスの声が、ガウリィの背後で響く。
「僕には必要なんです、リナさんが」
「……っ!」
咄嗟に身を捩ったガウリィの肩から血が噴出す。
その血を浴びたゼロスが、にたりと笑う。
「この僕の存在、僕という形を造る細胞の一つ一つがリナさんが必要だと告げるんです」
淡々と、けれどそこには恐ろしいほどの妄執が篭っている。
ただ一つの存在を求める、二つのモノ。
「…可愛そうな奴だな、お前」
「何故です?」
「そういうのを何て言うか、俺でも知ってるぞ」
「愛してる」 そう呼ぶのだ。