熾烈に光る 24.守護騎士


 魔族との戦い、最後の砦であるセイルーン。
 街ごと六芒星の結界に包まれた街には、安全と安心を求めて各地から人が集まり、飽和状態を 迎えつつあった。宿に入りきれなくなった人々は通りに溢れ、衛生状態の悪化を恐れた王宮が門戸を 開いたがそれもすぐに一杯になる。それでも助けを求めてくる人々を拒むことは出来ず、魔族との本格的な戦いの前に問題は山積していた。
 魔族はここには入ってこれないと一般人は思っているかもしれないが、それが誤りであるとDSSFの 指導陣は知っている。かつて王位争いに関わっていた魔族は、それでも中級。魔王復活が果たされた今や、この程度の結界など容易く越えて攻撃を仕掛けてもおかしくは無い。
 それなのに、まるでこの街を避けるように諸国ばかり攻撃を仕掛けるというやり口は、狡猾で残虐だ。
 今、この街に攻撃を仕掛ければろくな守りも出来ずに、魔族は人々の嘆きと苦しみ、怒りや憎悪・・・ そんな負の気を存分に取り入れることができるに違いない。



「・・ユディールが落ちたそうです」
 持ち前の明るさを消して、深刻な表情で呟いたアメリアにゼルガディスは、小さく『そうか』と呟いた。
 この部屋には、二人とベッドに横たわるガウリィのみが居る。
 リナが消えると入れ替わるように現れたガウリィは致死に至る怪我を負っていた。だが、アメリアの 復活(リザレクション)により何とか一命をとりとめたのだ。
 だが、彼は目覚めない。     目覚めることを拒むように。
「ガウリィさんは・・・」
「いや」
 身体的な怪我はすでに完治している。
「不器用な奴だ・・・お前はリナを守ることだけ考えていれば良かったんだ・・っ!」
 ゼルガディスの押さえきれない激昂がテーブルに叩きつけられる。
「ゼルガディスさん・・・」
 アメリアも耐えるように拳を震わせる。
「私たちは・・間違っていたんでしょうか・・・?」
 戦いの中にあることを拒んだリナを引きずり出したのは自分たちだ。もしかすると彼女はこうなること さえ予想していたのではないだろうか・・・それでも根は恐ろしいほどに優しい彼女は自分たちの頼み に否やを唱えることは出来ず・・・結果は最悪に。


 希望は、絶望に姿を変えた。


「・・・・・」
 違う、とはゼルガディスにも否定は出来ない。
 もう何もかもが、遅い。
 静まりかえった部屋には、重たい空気が満ちていた。
「終わりが近い、か・・」
 『やる前から諦めるなんて・・・あたしは絶対に認めないわっ!』
 ほんの数日前まではあった彼の人の輝きはこれほどに遠い。
「ゼルガディスさん・・・っまだ、です。まだ世界は終わりではありませんっ」
 どんなに願っても、闇が世界を覆い尽くしてから神託は下りない。
 それは神が魔に膝を折ったのか・・・ただ人である自分たちには判断はできない。
 だが、神託が無いからこそ、望みは消えていないとアメリアは思うのだ。
「そうは言うがな・・・旦那は目覚めない、リナは・・・・・。俺たちの魔法じゃ到底魔族に叶わない」
「それでも、何か・・何かあるはずですっ!私は     リナさんを信じてます」
「お前・・・」
 アメリアは泣きそうな顔で手を組み、祈りを捧げるように言葉を紡ぐ。
「リナさんは絶対に帰ってきてくれます」
「そう・・・」
 
 コンコンッ。

「!・・はい?」
 僅かに驚いたアメリアがノックの音に返事をかえした。
「こちらにガウリィ・ガブリエフが居ると聞いて来たのだけど?」
 落ち着いた女性の声。だが聞き覚えは無い。ゼルガディスは、と視線を送るがこちらも首を振った。
「あの・・どなたですか?」
「とりあえず扉を開けない?」
 得体の知れない相手に警戒心を抱くのは普通だ・・・だが、何故かこの声には引き込まれる。
「あ、はい」
 扉を引いた向こうには、軽装の鎧に身を包んだ女性が立っていた。
 肩のあたりで切りそろえた髪がさらりと動き、女性が僅かに頭を下げたのだと知れた。
「失礼していいかしら?」
「はい・・・」
 何のことは無い細身の女性・・・美人ではある・・・腰に挿した剣は彼女の手には余るような代物に見えたが・・・
 女性はアメリアの前を通り過ぎ、ゼルガディスも無視するとベッドに横たわるガウリィを見下ろし、
         何と襟首を掴んで掴み上げた。
「おい・・っ」
「ちょ・・っ」
 いきなり何をするのだと言いたいのは山々だが、一回り以上女性より大きなガウリィを苦もなく持ち上げた腕力に思わず目を見張る。だが、眺めている場合でないことは、女性の拳が・・・ガウリィに容赦なく飛ぶに及んで、慌てて我にかえる。

「おい、貴様っ・・いったい何を・・っ」

 意識の無いガウリィの体が殴られて飛んできたのを、ゼルガディスが受け止めて非難する。
 だが、女性はその非難など無視して再びガウリィに右ストレートを食らわせた。


「さっさと起きなさいっ!いつまでそうしているつもり!」


 訳がわからない。起きるも何も、ガウリィは寝ているわけでは無いのに・・・。
「あの・・ガウリィさんは・・・っ」
 怪我が治ったばかりで、と言い募るアメリアを女性は片手で制すると、床に転がるガウリィを蹴り 上げた。それがどれほどの威力があるのか、ガウリィの体が宙に浮いたことでおのずと知れた。

「私との約束を忘れたの?命にかえてもあの子を守ると言ったでしょう・・・それも忘れて闇に逃避する というのなら・・・今、ここで私が引導を渡してあげるわ」
 女性が腰にあった剣をすらりと引き抜き横たわるガウリィの上にかざす。
 そこには冗談など欠片もなく、発する殺気は本物だった。
「!?・・や、やめてください!」
「何をするんだ、貴様!」
 慌てて女性を止めようとするが、アメリアもゼルガディスもその場から動けない。
 足が何かに縛り付けられたようにびくともしない。
「な・・これは・・っ!?」
「っガウリィさんっ!!」

「さよなら、ガウリィ・ガブリエフ!」

「「ああっ!!」」








「容赦ないな~・・・"師匠"」








 のんびりした口調・・・。

 女性の剣はガウリィが居たはずの床に突き刺さり、ガウリィは、咄嗟にかわしていた。
 アメリアとゼルガディスは目を極限にまで見開き、二人の様子をただ見つめるしかない。

「さっさと立ちなさい、ガウリィ・ガブリエフ」
 剣を鞘に収めた女性はガウリィに手を差し伸べる。
「・・・すみません」
「謝罪はいらないわ。行動で示して」
「はい」
 先ほどまで意識が無かったとは思えないほどにしっかりとした足で立ち上がったガウリィは、その女性に向かって頷いた。
「おい・・・」
「あら、ごめんなさい」
 女性がぱちり、と指を鳴らすと二人の拘束が取れた。
「ガウリィさんっ!・・・と?」
「あんたは誰だ?」
 場合によってはただではすまさない、とゼルガディスが凄むのを涼やかな笑顔でかわした女性は 衝撃的な名を告げたのだった。



「初めまして。私の名はルナ。ルナ・インバースよ」






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 ルナ・インバース・・・リナの姉である人物。
 そして、ガウリィの師であると言う。

「リナと別れた後に弟子入りしたんだ」
「弟子入り、ですか・・?」
 今まで共に戦っていて、ガウリィを越える剣士など居なかった。そのガウリィが弟子入りと言われ、 アメリアもゼルガディスも何の冗談かと思う。
「リナに、聞いてたからな・・・俺もそこそこ使えるけど、姉ちゃんの比じゃない、って」
 ガウリィは強くなりたかった。
 リナが傍に居ても不安を感じることが無いほどに。
 ずっと傍で彼女を守れるように・・・。
「ガウリィ・・・お前、そこまで・・・・」
「そんなにリナさんのことを想っていたのなら、どうして・・・どうして裏切ったりしたんですか!?」

「馬鹿だからよ」
 ルナが一刀両断した。
「師匠・・・」
「そうでしょう。いったい何年あの子の傍に居たの?あの子が何者であろうと、リナがリナであることに 変わりなんて無いでしょう。魔王でも化け物でも、あなたのやるべきことは、あの子を守ること。ただ それだけ。だから私はあなたに剣を教えたのに」
 ガウリィが、途切れたルナの言葉にびくりと体を振るわせた。
 あの、リナのどつきにさえ平気な顔でどつかれていたガウリィが、本気で怯えている。
 それだけで、ルナがどれほどに恐ろしい存在なのか、アメリアもゼルガディスも悟った。
 だが、畏れる一同に対してルナは言葉を行動に移すことは無く、静かに立ち上がった。


「行くわよ、ガウリィ・ガブリエフ」
「はい」


「ちょ・・・っちょっと待って下さい!」
「行くって・・どこに行くつもりなんだ?」
 部屋を出て行こうとする二人を慌てて追いかける。
「あの子のところに決まっているでしょう」
「俺の役目はリナを守ることだ」
 いともあっさりと応えてくれる。

「わかっているのか!?あいつはもうリナじゃない!赤眼の魔王、シャブラニグドゥなんだ!」

「いいえ、リナよ。あの子はリナ・インバース。私の妹」
「あいつはリナだ」
 二人の騎士は迷うことなく、言ってのける。
 彼等こそが、リナの最強の守護騎士(ガーディアン)。



「それに、あの子を止めるのも、『赤竜の騎士』としての私の役目だから」



「っ!?」
 それは剣士を目指す者ならば、誰もが一度は耳にする称号だった・・・伝説のものと言ってもいい。
 なるほど、とここに至って漸く合点がいったゼルガディスだが、それと同時に疑念が沸く。

 魔王を身に宿した、リナ。
 その姉である赤竜の騎士ルナ。
 敵対する二人が同じ血に繋がることは、果たして偶然なのだろうか・・・。