熾烈に光る 23.闇
世界は厚い雲に覆われ、闇に閉ざされた。
赤く染まった空は鮮血で染めたように禍禍しく、降り注ぐ瘴気は生きとし生ける者全ての生命を脅かす。
悲嘆に暮れる命ある者。
歓喜する魔族たち。
絶望は瞬く間に世界を席捲した。
その指揮をとっていたのは、誰あろう人類、竜族、精霊族・・・全ての者たちに希望を抱かせていたはずの『デモン・スレイヤー』リナ・インバース。
今や彼女は生命の輝きを、闇へと変える赤き魔王。
華奢な腕のただ一振りで、大地を焦土へと一瞬にして変える。付き従う魔族は、生命を狩り、負のエネルギーを取り込んで凶暴さを増していく。
それでも僅かばかりの力ある者たちが抵抗を続けていた。
だが、それも魔族の圧倒的な力の前に、成す術なく倒れていく。
弱者の抵抗を嘲笑う哄笑が世界に満ちた。
「全く・・・飽いたな」
一瞬前まで、そこそこに繁栄していたはずの街は彼女の・・魔王の足元に瓦礫となっていた。
あまりに高温の熱風は一瞬にして形あるものを蒸発させ、土も黒く変色している。
奇跡的にも残った石の欠片を蹴飛ばせば、後には何も残らない。
ただ風が、魔王の栗色の髪を揺らした。
「御意」
魔王の嘆息に同意したのは、復活の折に傍にあることを許された獣神官ゼロスだった。
膝をつき、恭しく頭を下げる。
「人とは、呆気ないものだ。・・・つまらぬ」
未だ魔王の元に迫る者もない。誰一人として。
「・・・この器は大層楽しませてくれたのというにな」
魔王は笑いながら、自らの手を広げ握り締めた。
「魔王様の器ですから」
「ふむ」
「人間たちはおそらく、セイルーンに集まっているものと思いますが」
「最後の砦か・・・ふむ、まぁその前に鬱陶しい蝿どもを片付けておくか」
「御意」
赤く染まった空を飛ぶドラゴン。黄金の皮膚も闇の中ではただの金属にしか映らず、強大なものに対する怯えを隠した縦長の瞳孔は、魔王を射殺さんばかり。
「どうだ、ゼロス。賭けをせぬか?」
「賭け、ですか?」
「どちらがより多く葬るか」
「・・お受けいたします」
凶悪なまでの冷笑を浮かべた二人は、一瞬にして姿を消した。
竜の巨体が、見えない力に打ち払われて大地にどうと叩きつけられる。
「まずは一体」
宙に浮かんだ美女の細い指が一本天に立つ。
しゃんと、錫杖の鳴る音に飛行していた竜が無残に切り刻まれた。
「では、僕も一体ですね」
「ふふ・・・」
凶悪な笑みを浮かべた魔王は腕を広げる。
飛び掛ってこようとするドラゴンに向かって赤い閃光が走った。
「5体。合計で6、だ」
「さすが、魔王様・・・」
笑い会う二人の、上に影が差した。
「・・・リナ・インバース・・・っ!」
一際巨体の黄金龍が、吼えるようにリナの名を呼んだ。
「これはこれは・・・ミルガズィアさん」
「知り合いか、ゼロス?」
魔王が問いかける。
「黄金龍の長老です・・・ご記憶ではありませんか?かつての降魔戦争の折に・・・」
「 ああ、そういえば竜族は獣王の担当だったな」
「御意」
「・・で、その黄金竜の長老が我に何用だ?命乞いでもしに来たか?」
激しい羽ばたきと唸り声に、さしたる影響も感じぬように魔王は腕を組み、ミルガズィアを見つめた。
「シャブラニグドゥ・・っ人の器に蘇るなぞ・・・その人間はっ、お前のような者に許された器では無い!」
ミルガズィアの激昂も、魔王の嘲笑を崩すことは出来ない。
「ふふ、これは我にこそ許された器ぞ。我のためにこそこの世に産まれたのだ」
リナの体を抱きしめ、哄笑する。
「見よ、この赤眼の瞳を!人にこれほどの赤が許されようか!否!これこそは我が瞳!我が力!」
「く・・・っ」
魔王から噴出す瘴気に、竜の巨体が揺らぐ。
「赤の竜神も水竜王も無く、地火天のどの竜王も蘇らぬ。我に今や敵は無し!せいぜい足掻くがいい、
力無き者たちよ!滅びの日まで、絶望と共に在れ!」
凄まじい音がして、ミルガズィアの巨体を地へと叩きつけた。
「これで・・・7体。我の勝ちのようだな、ゼロス」
「御意」
「では、いよいよセイルーンに参るとするか」
ゼロスは暗紫色の瞳を閉じたまま、静かに頭を下げた。
やはり、あの時に殺しておくべきだったのか・・・このようなときが来ると知っていたならば
『だってあたしは生きているから。何も知らないまま死ぬなんて冗談じゃないわ!』
だが、あの時感じた光は・・・光だった。生命の、誰よりも強い光・・・
「生きたい?」
ああ・・・まだ、・・・まだ死ねぬ・・・まだ諦めぬ・・・
「では、生きなさい」
『リナ・インバース』を信じているのならば。