熾烈に光る 21.唯、一つ
真紅の刀身を持つ、細身の剣。
床に転がるその剣を、リナは手に取った。
どくん、とリナの中の何かが高い音を立てる。
あまり腕力の無いリナの手でも問題なく振れそうに軽い。そして手に馴染む。
まるで何年も使い込んだ感触さえある。
だが・・・
―――― どうやら大丈夫のようね
魔族の用意するものだ。ただの剣であるはずが無い。
剣そのものが魔族である可能性だってある。
・・・・そう、そして取り込まれ、狂った人間を見たことがある。
「それでは参りましょうか」
相変わらず穏やかに笑っているゼロスが、とんと錫杖をついた。
かん、とリナが打ち下ろした剣をゼロスは余裕で受け止めた。
リナとゼロスの視線が交差する。
「余裕ぶっていられるのも今のうちよ!」
「そうですね~」
リナの動きが早くなった。
腕力が無いリナの武器はスピードだ。
剣士にして魔道士、と名乗っていたのは伊達ではない。
ガウリィとペアを組んで以来、あまり剣士としての能力を発揮することは無かったが、ガウリィを相手に
そして、別れてからはさらに魔道と同等に腕を磨いてきた。
「さすがリナさん。・・・・・衰えは無いようですね」
それは嬉しそうにゼロスは漏らす。
「当然。・・・あんたみたいなのが世界には蔓延ってるからね」
「まるで害虫のように仰る」
「まだ悪いわ!」
払った剣筋が、赤い閃光となる。
ぎりぎりのところでかわしたように思えたゼロスの闇の服が、切り裂かれた。
「――― 本当に、素晴らしいですよ、リナさん」
僅かに顔を歪めながらも、何故か歓喜の色を載せる。
切り裂かれた闇はそのままに、治る様子は無い。
「――― これ、ただの剣じゃないわね」
「そう、かもしれませんね」
「しらじらしいっ!」
リナは口中で素早くカオス・ワーズを完成させる。
『ラ・ティルト!』
ゼロスが青白い炎の包まれる。
「剣を持て、とは言ったけど、魔法を使うなとも言われてないわ」
「・・・確かに」
ゼロスは錫杖を鳴らすとあっさりと、その炎を消してしまう。
「ですが、僕に『人』が使う魔法程度が効果があるなど、まさか思われていないでしょう?」
「・・・全然、とは言えないんじゃない?」
「ええ、あなたはあらゆる意味で『特別』な方ですから」
「あんたに褒められたって嬉しくも何とも無いわ!」
「つれないことを・・・悲しいですよ」
「言ってなさい!」
ゼロスは自分と戦えといった割に、防戦一方で仕掛けてこない。
まるでリナで遊んでいるようで、腹が立った
このままでは、勝敗も何も勝負自体が成り立たない。
―――― いったい本当の狙いはどこにあるのか。
「リナさん」
思考を逸らせたリナに、ゼロスが驚くほど近くに居た。
「・・・・っ」
「戦っている最中はその相手に・・・・僕のことだけを考えていて下さいよ」
「ふんっ」
リナは後ろに飛びのき、横たわるガウリィの顔を見た。
その顔色は青白く、死んでいるかのように静かだ。
―――― 時間稼ぎ?
否。
それにどんな利益があるというのか。
ガウリィが死んでリナが嘆き悲しむのを見たいのなら、こんな手間をかける必要は無い。
いったい何が。
「リナさん・・・」
ゼロスが、笑っている。
「―――― 我らが、王」
その目的は・・・
リナは剣を投げ捨てようとした。
だが、剣はぴったりとリナの手について離れない。
「・・・・・・・っ!!」
違う。
リナの手が、リナの意志に反して剣を離そうとしないのだ。
赤い刀身が、更に鮮やかさを増し鈍い光を放ち始める。
「ゼロスッ!!」
「―――― もちろん、約束はお守りしますよ」
ちゃんとガウリィさんは解放してさしあげます。
にっこり笑ったゼロスが錫杖を振れば、ガウリィの姿は一瞬にして消えた。
「ガウリィッ!」
「心配なさらずとも・・・ちゃんと皆さんのところへお返しいたしましたよ。命があるかどうかは、ガウリィ
さんの運次第でしょうが・・・」
リナの紅玉の瞳が、刺すようにゼロスを睨みつける。
「あなたの気は美しい―――― 酔ってしまいそうですよ」
「この・・・・変態!」
リナは怒りか羞恥か、顔を赤らめて叫んだ。
「ねぇ、リナさん。・・・もう一度この指輪を、はめてくださる気にはなりませんか?」
ゼロスの指に現れたのは、魔血玉の欠片で造ったというあの指輪だった。
「・・・ならないわね!」
「そうですか・・・残念です」
言ったゼロスは、人間には理解不能な音で呪文を紡ぎ出す。
リナにとっては初めて目にする光景だった。
あのゼロスが呪文を唱えるほどの術。
どくん、とまたリナの内で何かが強く脈動した。
「リナさん・・・」
「!!」
リナの剣を持つ手が・・・リナ自身を向く。
「僕にとっての、唯一つは・・・」
「―――― ッ!!」
赤い刀身が。
リナの躯を貫いていく。
「あなただけ、ですよ・・・」