熾烈に光る 20.歪なる王



「な・・・何を言って。あたしが、魔王の一片?ふざけんじゃないわよっ!」
 魔王の言葉に一瞬、言葉を忘れたリナだったが、すぐさま立ち直って叫んだ。
「あたしが魔王なら、とっくに復活でも何でもしてるはずよ」
 レゾ=シャブラニグドゥ、ルーク=シャブラニグドゥ・・・二人とも、確か『赤眼の』と形容がつく魔王と 同じように赤眼を持っていた。リナもそういう意味では然り。
 だが、この世の中、赤眼を持っている人間なんて多くは無いだろうが、極少という訳でもない。
 そんな人々が皆、魔王だというのか?
 馬鹿らしいにもほどがある。

 
 『・・・同じ、だと?それこそ信じられぬ話だ』


 魔王が嘲笑する。

「リナさん、あなたは世に稀なる魔力容量を持った方です。それが”普通の”人間と同じだと言えますか」
「・・・・・。・・・・少なくとも異常では無いわ。あたしの郷里ではね」


 『くっくっく・・・』


「何がおかしいのよ!」


 『ゼフィーリアか・・・スィーフィードの民の地だな』


「え?」
 リナは眉をしかめた。
 スィーフィードの民、その言葉は初めて耳にする単語だった。
 リナの姉はスィーフィードの騎士という称号を持ってはいるが、もっぱら活躍しているのは近所の 食堂。最強のウェイトレスだ。
「リナさん、不思議だと思わなかったんですか?ゼフィーリアだけ、何故それほどに強い力を持った人が 生まれてくるのか?」
「そう言われても・・・」
 ゼロスに問われ、リナは戸惑う。
 不思議に思うも何も、生まれた時からの状態に疑問に思うも何も無い。
 それが当然の事実だったのだから。
 ・・・ちょっとおかしいかなと思ったのでさえ、一人旅に出てしばらく経ってからだ。
「・・・でも、それがどうしたのよ」
「聡いあなたのこと、お気づきでしょう?」
「・・・・・・」


 『魔王復活を阻止すること、それが役目』


「ゼフィーリアの地は、魔王様の生まれ変わりである可能性のある存在を監視し、復活する兆しを 見せたならば、いち早く阻止すること。そう定められた民が住む場所です。まさかその要である スィーフィード騎士の家系にその可能性たる存在が生まれようとは、なんと皮肉なことでしょうね」
 暗紫色の瞳が、楽しそうに煌く。
「・・・・・・・・・」
 ――― リナは言葉を失った。
 
 姉のルナは、リナが物心つく前から畏怖の対象だった。両親以上に怖い人だった。
 厳しくて、容赦なくて・・・彼岸を見たと思ったのも一度や二度では無い。
 それが。

 ―――リナが 『魔王』 だったから、というのか?

 
 『お前は、【人】 では無い』
 
 魔王が囁く。
「うるさいっ!黙りなさいっ!」


 『お前の胸の内に燻る破壊衝動。―― 本能のままに、望むままに』

 ぞわり、と肌が粟立った。 
「あたしは、っ・・・誰が、魔王になんて・・っ」
 リナは震える手を握り締め、氷塊を睨みつけた。


「あたしは人間よ・・・それ以外の何者にもなるつもりは無いっ!こんなことをしたってあたしは、 自分を見失ったりしないっ!絶望したりなんてしない!そんなヤワな性格してないのよ!」

 確かにルナは、リナに厳しかった。
 ――― だけど、それだけでも無かった。

 リナは憶えている。
 小さかったリナの手を優しく握り、前を歩く姉の姿を。
 覚えたての魔法を披露したくてたまらないリナに、嫌な顔一つせず楽しげに付き合ってくれた顔を。

 その全てが、『監視』だったなんて――― 絶対に、思わない。


「ねぇ、リナさん。忘れてませんか?」

「・・・・・・・何を」
 のほほんとしたゼロスの声が割り込む。
「こちらには、ガウリィさんがいらっしゃるということを」
「・・・・・っ!あんた・・・・」
 
 別れる瞬間の、ガウリィの顔が思い浮かんだ。






 『俺が守りたいのは、リナだけだ。お前が笑っていられるなら・・・何だってやる』






「ゼロス・・・あんた・・・ガウリィに」
「ええ、話しました♪」
 人差し指を立て、軽く言ってのける。
「人間って不思議ですよね。自分より他人が大切なんですから」
 とん、と錫杖が氷の床を突くと、ゼロスの背後の石壁が現れた。
 その石壁に――

「・・っガウリィッ!?」

「なかなか面白いオブジェだと思いませんか?」

 斬妖剣で胸を突かれたガウリィの、力ない姿。

「ゼロスっ!・・・・まさか、ガウリィを・・っ」
「とんでも無い。『まだ』殺してはいませんよ。・・・ただし、それもリナさんの出方次第、ですが」
 ちっちっち、と指を振るゼロスを、射殺さんばかりに激しい光をこめてリナは睨みつける。
「・・・冥王の奴と、同じマネ、するつもり・・・?」
「まさか」
 大げさに目を見開いたゼロスは、シャン・・ッと錫杖を鳴らした。
 ドサリ、と音がして・・・斬妖剣を胸に刺したままのガウリィが凍土に放り出された。
「・・・・っ!!」
 すぐさま駆けつけようとしたリナを、ゼロスの錫杖が止める。


 『殺すがいい』


 魔王の言葉がリナの心に突き刺さる。

「・・・・退きなさいっゼロスっ!!」
「リナさん」
 目の前に真紅の刀身を持った細身の剣が現れる。
「・・・何」


 『戦、え』


「僕と戦って下さい、その剣で」
「・・・・・・」
「そうすれば、勝敗の如何にかかわらず・・・ガウリィさんは解放してさしあげますよ♪」
「その言葉、忘れないでよね!」


 リナは、柄に手をかけた。