熾烈に光る 19.真紅の滅び


『とことんお前は魔族だな』
『何を仰います。あなたとて変わりは無いでしょう』
『・・・お前の相手に同情するよ』
『後で羨ましがっても差し上げませんよ、あの方は』



















 リナたち、DSSFはカタート山脈へ出発した。
 守りが薄くなるセイルーンには警護に必要なだけの兵と、魔族の奇襲のために竜族の兵士を数名 ミルガズィアから派遣してもらっていた。
 リナ・アメリア・ゼルガディスは軍の先頭に立って進む。
 兵士の顔は緊張と恐怖に固い。
 それを鼓舞するのは馬上のリナの笑顔と言葉。彼女を取り囲む仲間たち。
 これから魔族と熾烈な戦いを繰り広げなければならないというプレッシャーを少しも感じさせない朗らか で自信に溢れた姿は、さすが『デモン・スレイヤー』だと安心感をもたらした。
 途中から竜族やエルフたちも加わり、進軍は続く。北に行くに連れて街はさびれ、人の姿も無くなって いく。この戦争が始まったときから、人々はいち早く避難したのだ。
 不気味なのは。
 人間たちがカタート山脈に向かっていることは、わかっているだろうに魔族の襲撃が一切無いこと。
 何を目的に進軍しているか、火を見るより明らかだ・・・それなのに、そんなことは不可能だと馬鹿にし ているのか、山脈の麓まで何事もなくリナたちは到着してしまった。
 少し肩透かしをくらった気分を味わいつつも、翌日の戦闘に備えて夜営を張った。
 魔族に昼も夜も関係無いだろうが、人間たちは戦うならば明るいほうがいい。

 リナは兵たちと食事を済ませた後、自分のテントに戻り装備の再確認をしていた。
 ショルダーガードに嵌まったタリスマンはリナ自らの魔力で精製したもので、魔血玉ほどでは無いが 魔力増幅に役立っている。マントはミスリルを織り込み丈夫で耐火作用のみならず、魔力攻撃をも 軽減する。細身のレイピアは、しっかりと手に馴染み、白銀の輝きを放っていた。
 装備としてはかなり上級のランクに属するが、魔族に対すれば、どれも『無いよりはマシ』程度のもの でしか無い。

「・・・・あたしらしくも無く、緊張してんのかしら?」
 軽く微笑を口元に乗せ、リナは瞼を閉じた。
 いつもは呼ばれもしないのに集まってくる仲間は、それぞれに思うことがあるのか、今夜ばかりは テントに誰も顔を出そうとしない。
 だから、リナの思考を打ち破る者も居ない。

 (何故、ゼロスは何も仕掛けてこないのか・・・・・出向く手間が省けていいとでも思ってるのかも・・・・・  あいつならありうる・・・・罠を仕掛けて手薬煉引いて待ってる?小細工好きそうだものね・・・だとすると どんな罠を用意してんのかしら?ありえないとは思うけど、大技で来られるとヤバイわ・・・ミルガズィア さんに広範囲のシールド掛けてもらっておこ魔力のキャパシティが違うから竜族が居ると本当に 楽だわ・・・・でも、だから魔族も手を抜かない。良し悪し・・・)



「お茶が入りましたけど、いかがですか?」
「あ、ありがとう・・・・」
 リナは差し出されたティーカップを礼を言って受け取り・・・・ちょっと待て。
 リナは自分以外居ないはずの天幕に現れた相手に向かってぎぎぎ、と首を動かした。

「あ・ああああああ、あんた・・・・あんた・・・・ゼ・・・ゼゼ・・・・・」
 かなり動揺しているのか、言葉が意味不明だ。
「どうしました?リナさん」




「っゼロスッ!」

 敵であるゼロスが、にこやかに茶をすすっていた。






 ぶわぁしぃぃっッ!!!




「な、何をするんですかっ!?」
 相手を確認した途端、どこからか取り出したスリッパで思いっきり頭を叩かれたゼロスは付き合いよく 痛そうに頭を抱えた。
「何をする、じゃないっ!!あんたいきなり沸いて出てんじゃないわよっ!」
「沸いて・・・て・・・」
「よくも、その顔、あたしの前に出せたもんね」
 リナは紅玉の瞳を怒りに燃やし、ゼロスを睨みつけた。
 その輝きを、ゼロスは満足そうに眺め、『ごちそうさまです』とのたまった。
「あんた・・・・っ、人の負の感情を・・・・・つくづく、嫌な奴ね!」
 気を落ち着かせるために一息ついたリナは頭を巡らせた。
 これだけ騒げば兵の一人や二人顔を出すはず。それが無いということは、結界が張られていてるのか。
 ともかく、今まで姿形もなかった相手が目の前に現れる理由として思いつくものはひとつしかない。
「奇襲?・・・あんた、あたしを殺しに来たの?」
「いえいえ、滅相も無い。漸く準備が整いましたので、リナさんをお招きしようと思いまして」
「招く?どこに?」
 リナの柳眉が不審そうに歪む。
 そんなリナに構うことなく、ゼロスはにっこりと告げた。


「カタート山脈最奥・・・・・・・ルビー・アイ様がお眠りになる、氷の間へ」


「・・・・あたしが、『それじゃ行きましょうv』て、あっさり頷くと思う?」
「思いません。リナさんがどうしても嫌だという場合には、仕方が有りません・・・ここに居る皆さんには 全て・・・滅びていただきます」
 にっこりと笑いながら、ゼロスは物騒なことを宣言する。
「・・・魔族のあんたにそんなこと、出来るわけないわ」
「非常事態です。多少の痛手はこちらも覚悟の上。少々痛い目を見るとは思いますが、滅びるまでは いかないでしょうから」
「そこまでして・・・・あたしを連れて行きたいってわけね」
「はい。・・・・・さぁ、リナさん」
 むっと不機嫌に口を閉じたリナは僅かに思案した後、差し出されたゼロスの手を取った。
 ここまでするからには、簡単にリナを殺すつもりは無いのだろう・・・・・・いったい何を企んでいるのか わからないが、虎穴にいらずんば虎児を得ず。
 リナは自ら、魔の巣窟へと飛び込む覚悟をした。















 移動は一瞬のことだった。

 目を開けると、そこにあったのは巨大な氷の塊。これほど巨大な氷塊では、そんじょそこらの魔法では 溶かすことなど到底不可能だろう。痛いほどの冷気を肌に感じながら、どこからか差し込んでくる光が 氷塊の中で反射しているのを呆然とリナは眺めた。

 氷塊の中に、誰か・・・居る。

 誰か、そう自問した自分にリナは笑った。
 ここまで来て『誰』も無い。可能性があるのはただ一人。
 魔族の王。赤眼の魔王。ルビー・アイ・・・『シャブラニグドゥ』。

 リナの隣でゼロスが音も無く、膝をついた。
 氷塊が厚く、肉眼では影程度にしか認識できない存在は全く動かない。
 だが、受けるプレッシャーは今までに経験したものの遥かに上を行く。
 怯みそうになる精神に活を居れ、リナは拳を握り締めて口を開いた。


「・・・魔王、あたしに用があるんでしょ。わざわざこのリナ=インバースが出向いてあげるなんて、そう 無いことよ。でもあたしも何かと忙しい身。さっさと用件、言ってもらいましょうか」
 魔王を前にここまで言うことが出来るのは、リナぐらいのものだろう。
 魔王から、返答は無い。
「ゼロス・・・」




『漸く参ったか』


「!?」
 頭の中に声が響いた。







『我が一欠(ひとかけ)よ』







「何・・・・」
 リナは目を見開き、固まった。