熾烈に光る 15.侵食される心
魔族の攻撃が小休止をみたころ、リナは神聖魔法に適性がある人間をピックアップして教えに当たっていた。
適性の判断はなかなかに難しく、誰よりもあると思われたアメリアには一切無く、今まで門番で立っているしか
無かった下っ端兵士に適性があったりと、これといった決め手はなく、ただ一番に基本になる『明かり』に似た
『光明』という魔法を唱えて発動させた者だけが選ばれた。
もちろん、総司令官という立場にあるリナがそれだけにかかずらっているわけにはいかない。
魔族たちの攻撃はセイルーンにだけ集中しているわけではなく、各国も多かれ少なかれ攻撃を受けている。
セイルーンはその中央本部であり、戦力不足の各国からは常に援助を求める嘆願が後をきらない。
それらの膨大な書類を整理しつつ、フィル王や他の将軍たちと相談しながら人材派遣を決める。
まさに猫の手も借りたいほどの忙しさだった。
「はぁ、これなら前線で敵と戦ってるほうが楽~」
思わずリナの口から愚痴が零れる。
「リナさんらしいお言葉ですね」
アメリアにだからこそ言えるリナの愚痴を、くすりと笑う。
「だいたい、今までどうしてたわけ?あたしが居なくても滞りなく動いてたんでしょ?体よくあたしのところに
雑務を押し付けてんじゃないでしょうねぇ?」
「ま、ままままさかっ!そんな恐ろしいこと出来るわけないじゃありませんかっ!」
慌てて否定したアメリアの頬に汗が一筋流れる。怪しさ大爆発だ。
「まぁ、それはいいとしておくけど。・・・・最近ちょっと嫌な噂が耳に入ってるんだけど」
「嫌な噂・・・ですか?」
アメリアが首を傾げた。
「・・・人間側に魔族と内通している奴が居る、て噂。聞いてない?」
「え!?」
アメリアは大きな瞳をまん丸にして驚いた。演技には見えない。
「内通者ってそんな・・・・・裏切りも・・・んぐっ!」
「大きな声出さないの」
リナの手のひらでばんっと口をふさがれたアメリアがふごーっと抗議する。
「戦が長引けばどうしても出てくるもんでしょうけど・・・それが本当なのか、ただの噂なのか早いとこ確かめた
ほうがいいわ。不安な心のままで魔族となんて戦えないからね」
「そうですね・・・でも、どうしましょう?」
正義の使者を自認するアメリアはとことん、諜報活動とやらに適性がない。
リナとしても信頼できる相手でなければ任せられないことだが、あいにくリナが信頼できる相手というのは
DSSFの中では限られていて、しかも皆面が割れているとくる。
こうして考えると目立つ外見というのも困りものだ。
「・・・怪しそうなのをピックアップして誘き出すしかないわね・・・もちろん、誰も引っかからないことを願うけど」
「・・・そうですね」
根っから素直で純粋なアメリアには生理的に受け付けない部分があるのだろう。
同意の言葉も弱弱しかった。
「それはあたしが考えとくわ。・・・その代わり、アメリアちゃ~ん♪」
「・・・・・・そういう声を出すときのリナさんって要注意なんですよね・・・・」
いい加減に長い付き合いになるので、アメリアの腰が引ける。
「書類半分よ・ろ・し・くv」
言い切ったリナに対してアメリアには拒否権は与えられないのだった。
(火の無いところに煙は立たず・・・・か)
リナは執務室の書類をアメリアに押し付けて綺麗に剪定された中庭を歩く。
人間側の圧倒的な力の不利は否定しようがない。それでもリナが加わってから少しは立て直した。
ほんの少しは・・・。
魔族はまだ本気を出していない・・・何故かはわからない。
リナのことを全くの脅威に感じていないわけではないだろう。タリスマンの有る無しに関わらず、いまだリナにはあの呪文を唱えることが可能なのだから。それともリナ程度いつでも始末できると思っているのか。
(・・・ゼロス、何を考えているのか・・・)
どこまでも喰えない、魔族らしい魔族。最低最悪の策士。
もし、誰かが魔族と内通しているというのならば・・・一番怪しいのはゼロスだ。
長い間人間との関わりがあったせいか、理解できずとも感情の機微というものをよく知り、利用することも心得ている。
「上手くひっかかってくれるかしらね・・・」
リナはセイルーンの空を見上げた。
そこには目には見えないリナの張った結界がある。その向こうに茜色の空が広がっていた。
神聖魔法によって創り出された結界は術者の不在、集中によらず半永久的な効果がある。
それはアメリアたちに伝えていた。しかしもう一つ、この結界には特徴があって発動させた術者が望めば結界を出入りした全ての情報を得ることができるのだ。まさに万全のセキュリティーシステムと言える。
ただその膨大な情報をたった一人の人間で処理するには負担がかかりすぎるので、今までリナはそれを利用しようとはしなかったのだが・・・。
「何で・・・・何で、あなたがここに居るの!?」
リナの悲鳴まじりの叫びがセイルーンの城に響く。
演習と称してほとんどの兵士が城外に出ている今、その叫びに飛んでくる者は居ない。
もし、誰か内通している者が居るとすればこの機会を逃すわけがない。
見え透いた馬鹿馬鹿しいほど簡単な罠だった。リナの半分遊びに近い気持ちで張った罠。
そのはずだったのに。
たった一つだけ演習のために作った結界の裂け目に。
「・・・・・・・・・・ッガウリィッ!!」
寂しい笑いを浮かべた、男が立っていた。